私が住むマンションは駅から徒歩5分、5階建てで20軒が住むこぢんまりした造りをしている。大きな通りから少し引っ込んでいるので静かである。家賃は高くない。住民はさほど高給取りには見えない。私だって高給取りではないのだもの。
 住んで4年になるが、犯罪や傷害、事故の類に見舞われたことは無かった。が、つい先日1階にある部屋4軒全てが昼間のうちに空き巣に入られた。窓ガラスを割ってサッシの鍵を開ける侵入手口。金目の物から日用品に至るまで厳選して盗む辺り、プロの空き巣だと警察は言っていた。
 敷地内に入るにはまず3mほどのフェンスを乗り越えなくてはならない。フェンスの突端には防犯用の尖った槍のような金属が付いているが、それをも難なく乗り越えたようだ。フェンスの内側には灌木が植えてあり、そう簡単には通り抜けられないはずだが、経路だと思われる部分は枝が相当数折れていた。力づくで前に進んだようだ。そして端の部屋から順番に窓ガラスを割っている。周辺にガラスが割れる音が聞こえなかった理由は明らかにされていない。ただ、窓ガラスに血が付いていたため、DNAから過去に犯罪歴がある者、とまではわかったようだ。
 1階に住む4世帯は若い夫婦2軒と女子学生2軒。夫婦は早速転居した。学生にはそこまでの財力は無いようだが、私が母親なら転居を促すところだ。やはり1階の部屋は物騒だ。ましてやエントランスがオートロックだからと安心していたのに、裏が全くの無防備であったとは。住人には防犯カメラの映像が公開され、見かけたら通報するようにとの通達があった。
 背は高くないが体格が良いように見える。目出し帽を被ってはいるが、顎の線がシャープで鼻が高く、髪の毛のボリュームが感じられないため、短髪であると思われる。これは私にとっては探すためのヒントになる。ありがたい。
 と思っていた矢先。買い物帰りの私の意識に邪悪に入り込む輩が居た。そいつの意識を押し戻して入り込んだら、その防犯カメラの映像によく似た光景が広がった。こいつか!と周辺を見渡すと、体格、顔立ちがどんぴしゃりの男が居た。40代前半? 30代後半? あれ? 女と一緒に歩いている。彼女かな。気の毒に。男が空き巣犯だと知らずに付き合っている。女の持ち物の中には盗品もあるかもしれない。
 さて、まず110番通報する。現在地、時間、男の服装、向かっている方向、そして私自身の名前、先日空き巣に入られたマンションの住人だと伝えた。電話を切るや否や周囲に居たスーツ姿の男性3人が私を取り囲んだ。え? なんで? なんで私が囲まれるわけ?とどぎまぎしていると、その中の1人が、
「身の安全を確保します」
 と小声で言った。
 通報者である私の身の安全を確保ってこと? そんなことよりあいつを捕まえたらどうよ、とそちらを見ようとすると、その視線の行く手を阻んでその中の1人が立ちはだかった。
「奴は既にマークされていた人物です。通報者に被害が及ばないようにするのが我々の役割です。ご自宅までお送りします」
 と私は初めてパトカーに乗る羽目になった。周辺に居る人々の視線が私に向けられたが、肝心の空き巣犯には見えないように刑事が常に立ち位置を測ってくれていた。すごいね、警察って。
 車中で犯人について聞かされた。ここ数年同じ手口で空き巣を働き、パトロールに引っ掛かってはいたが、確証が無いため取り押さえるに至らなかった。窓ガラスに残された血痕で奴と同一のDNAであることが判明した、と。
 ということは、奴は更生しないのか。何度捕まっても出所したらまた同じことを繰り返す愚か者。更生しない前科者に逃げ道は無い。お仕置きだな。
 窓ガラスにガムテープを貼って手で叩き割って入っていたんですって。すごい力だね。そんだけ腕力あるなら何か違うことに遣えば良いのに。他人の物を盗もうと思う神経が理解不能。
 さて、ではそのガラスに良い仕事をしてもらおうか。
 そいつの意識の中に再度入り込む。頸動脈にガラスの小さな破片をイメージして創り出した。5分もしないうちに心臓に到達するはず。
 そうこうしているうちに家に着いた。刑事の1人の携帯が鳴った。
「えっ、ホシが死亡?! 何故だ?! わかった、すぐ戻る!」
 と話しながら私をマンションの入り口へ向かうよう促した。私は顔がにやけるのを必死にこらえていた。
 一丁上がり。