私の職場については詳しく言えないのだけれど、それぞれの部署に秘書と呼ばれる雑用係の女性が居て、私もその秘書の1人である。秘書は数十人居るが、今回ターゲットになったのはその中でも筋金入りのサイコパスA。Aは某部署で20年以上勤めている。1部署に2人の秘書が配属される場合があるのだが、Aの部署がその体制だ。今までAのパートナーとなった秘書は長くて3年、早ければ1日で辞めてしまった。20年の間に何人入れ替わったことか。Aが関わる仕事、作業、手続きはことごとく滞り、周囲を翻弄し、不愉快にさせる組織の癌。周囲からは文字通り腫れ物のように扱われている。
 流行りに乗っているつもりなのだろうが、滑稽きわまりない目ざわりで奇異なファッションに身を包み、常に苦虫を噛み潰したような表情で人を見る。特に若くて可愛い女性には敵意を剥き出しにし、すれ違い様にあからさまに背を向けたりする。他人を傷付ける技と、力を持つ者への媚び諂いには目を見張るものがある。
 現在のパートナー秘書はその部署に配属されて3年、そろそろ精神的に限界に来ているのか、日に日に憔悴して行くのが見て取れた。3年もよくもっている。
 聞けば、部署内の経理にも不正があるらしいのだが、誰もそれを指摘出来ない。Aは様々な名目を付けて自分の給与に手当をプラスしている。そんな勝手なことは出来るはずがないのだが、パートナー秘書の給与を削ってまで自分の給与を上げている。しょっちゅう海外旅行をし、持ち物がブランド尽くめであることを不審に思う同僚も居る。株か? そんな知恵があるようには見えない。数年前には国税局の査察をすり抜けた。
 皆、我慢の限界だ。
 そう、そこで私の出番。
 Aは女性としての魅力に欠け、お世辞にも男性に好かれるタイプではない。愛嬌でもあれば良いのだろうが、微笑んだところで可愛くもなんともない。適当な刺客を差し向けて失恋にでも追い込むことを考えたが、Aに手を出そうとする男がみつからなかった。
 どんな最期が相応しいのだろうか。と考えあぐねている時、思いもよらないチャンスが訪れた。
 Aは、パートナー秘書には決して許さない長期休暇をぬけぬけと取り、北海道へ旅行すると言っていた。Aが居ない間職場にはしばしの平穏が訪れ、周囲の表情が明るくなった。
 Aが旅立って3日目、さて、Aの意識の中に入ってみるか。
 あ、ゴルフしてる。一緒にラウンドしてるのは誰だろう。女性ばかり。あまり楽しそうではないな。なんの集まりだ? Aが一番年嵩のように見えるが、ただ単に老け顔だからそう見えるだけなのかもしれない。
 ハーフ後すぐのラウンドでAのボールがウォータハザードに落ちた。チャンス。
 普通は最も近い位置からペナルティショットをするのだが、Aにはちょっと不穏な動きをしてもらう。
 Aの意識を操作して池の中へ向かうように指示をした。フラフラと池に向かってバンクを下りて行くAの後ろから、キャディが追いかけて声を掛けているがAには聞こえない。水に沈んだボールを探すかのようにAは池の真ん中に姿を消し、数分経っても浮いて来なかった。
 ほっ。一丁上がり。

 翌日職場にAの訃報が駆け抜けた。皆口々にご愁傷様だのご冥福を祈るだの言ってはいたが、口角が緩んでいるように見えるのは不謹慎なので追及しないことにする。