「いつ返してくれますか」
「だから遣った分がいくらか証明して教えてくれたら払いますよ」
「証明ってちょこちょこ借りててそんなのわかるわけないぢゃないですか。今まで1年間どんだけ人から借りてるか覚えてないんですか? 他の人からも借りてませんか?」
「そんなことあんたに言う必要無いでしょ」
「すみません、そうですよね、私は私が貸した分を返してもらえれば良いので、他の人の話を持ち出すのはおかしいですよね。でも、否定しないってことは私からだけ借りてるわけではないってことがわかりました」
「はぁ? どんな理屈だよ、それ」

 喫煙ブースの外にあるベンチに座る私の耳に中で話す人の声が聞こえる。聴き耳を立てずにいられなかった。
 「返して」と言っている女性の声は若い。もう一方の女性の声はガサついていて言葉遣いも荒い。2人して煙草を吸いながら話しているのか、時々言葉が途切れる。
「一番大きな金額を覚えてますか。ファミレスで食べた時の2400円です。そちらから誘っておいてお金が無いって、おかしいですよね。最初から私に払わせるつもりだったとしか思えません。それにこないだBBQやった時の材料費、Mさんに返しましたか?」
「いちいち覚えてねーよ」
「今度レシートを持って来ますからわかっている分だけでも返してもらいます」
「せこ過ぎない?」
「え、人からしょっちゅうお金借りて返してない人に言われたくないです」
 そう言ったほうなのか若い女性が喫煙ブースから出て来た。話していたのは丁度1本吸い終わるまでの時間だったのかもしれない。

 暫くするとまた1人の女性が喫煙ブースに入って行った。
 この喫煙ブースはとある会社専用で、この会社に勤める人しか利用出来ない。ということは今中に居る人もさっき出てった人も今入って来た人も、この会社の人なのか。それにしても女性しか来てない。女性専用?
「あ、Tさん、丁度良いところに。こないだのお金払って下さいね」
「お前もかよ」
「お前もって…」
「いくらなわけ? どいつもこいつも何の証拠も無いくせによくまぁ厚かましく請求するよね」
「どいつもこいつもって…」
「何の金だっけ?」
「先月私が車を出した日のガソリン代と高速代です」
「なんで私が払わないとなんないわけ? あんたの車でしょう?」
「あ、いえ、車を出してと言ったのはTさんです。お金のことは心配しないでと言いましたよね? だから払ってくれるものだと思ってました」
「そんなこと言ってないけど」
「LINEに残ってます。スクショ送りましょうか」
「要らねーよ」
「証拠無いって言ってますけど、ガソリン代も高速代もカードの支払いの明細が来たら金額わかりますので、LINEで送りますね。また前みたいにブロックしないで下さい」
「ブロックしたのはあんたにも原因あるからでしょう」
「は? ブロックしたのは悪かった、ってLINEよこしましたよね。もう忘れてるんですか」
「こっちは生活保護もらって生活してんだから、そんなにすぐに金なんか用意出来るわけねーだろ」
「生活保護もらってるわりにはすごい遊んでますよね」
「こっちの勝手だろ」
「勝手なのはわかりました。これからも遊んで戴いて結構です。でも、私を誘うのはもうやめて下さい」
「金に細かい奴なんか誘うかよ」

 最後に入って行った女性ではない女性が喫煙ブースから出て来た。髪を赤く染めた50代後半の化粧の濃い女性。目が合った。睨まれた。なんで? 脳味噌猿なのかな。猿は目が合うと敵意を表す生き物って言う。
 中に居る女性は物音を立てない。静かに煙草を吸ってるのかな。どれどれ彼女の意識の中に入ってみよう。

 車を運転している。助手席にはさっきの50代の女性。なんだ、楽しそう。お金で揉めるようには見えない。かなり遠出してる。それでガソリン代と高速代の話が出てるんだな。助手席のTさん?が人からお金を借りて返さなかったり、払うと言って払わない人なのか。

 仕事が始まるので私もこの場に長く居られない。その女性の意識を解放して、歩きながらTさんの意識に入り込むことにする。さっき睨まれた印象があるからか、この女性の意識はかなり重苦しく暗い。
 あれ? この人、頭の中がお金のことばかり。何人もの人の手からお金を受け取る様子が立て続けに出て来る。その中には男性も居る。男性から受け取るお金は金額が大きい。借りてるのではなさそう。それにしても凄い数。なるほど、この人は寸借詐欺を働いてるんだ。仕事をしている様子は…あれ? この人は仕事をしてない。生活保護受給者だからか。ってことはこの喫煙ブースに入れるはずはないのだけど。ま、いっか。ちょっとお仕置きしなくては。とは言え、皆にお金を返してからでないと。暫くしたらまた探りに来よう。

【1ヶ月後】
 おっと、忘れるとこだった。例の寸借詐欺のTさん、そろそろみんなにお金返したかな。最初に喫煙ブースに居た若い女性の意識の中に入ってみる。
 あ、受け取ってる。OK。もう1人の女性は、と。あれ? 男性に脅されてる。Tさんも一緒に居る。あの喫煙ブースだわ。おかしいな何故入れるんだろう。この女性が招き入れてる可能性がある? ま、いっか。あ、でもお金は受け取ってる。ってことは一件落着みたいね。こんな悪者たちにもう関わることは無くなる、良かった良かった。
 さて、私はお仕置きの準備。どうしてくれよう。
 今現在何をしているか意識の中に入ってみる。
 車を運転している。先日のとは違う車だ。なんだ、持ってるんだ。それなのに人に車を出させたわけね。これはどこだろう。あ、ショッピングセンターの駐車場だわ。空いてる。ショッピングセンターの建物に一番近いところに停めて、外に出た。帰り道に事故ってもらうことにでもするか。車に戻って来るまで待つ。

 一丁上がり。
 事故なんて起きるはずがない真っ直ぐな道で突然路肩に落ちた車。ちょっとハンドル操作のお手伝いをしてあげた。運転席に居る女性に大きな傷は無い。心臓麻痺に見えるかな。呼吸してない。死んでいる。ま、大きな事件にはならないだろう。
 この人に騙された多くの人に平和が訪れますように。