○第1話シナリオ

【場面 ジャポニスタの山奥にある孤児院近くのバス停・朝】

先生「あなたなら大丈夫。思いっきり歌って、夢叶えて来ちゃいなさい」

カノン「はいっ」

孤児院の子供たち
「カノン、バイバイ!」
「行ってらっしゃ~い!」

カノンは孤児院の皆に見送られながらバスに乗りむ。

【水陸両用バス乗車中】

20代くらいの男性が愉快な歌を歌い始める。
潮風が窓の外から吹き込み、カノンは髪を押さえる。

カノン心の声
〈これからどんなドキドキが待っているのだろう〉
〈これからどんな夢や希望を私は歌って行くのだろう〉

カノンは太陽に照らされキラキラと煌めく水面を見つめる。


【街中・昼過ぎ】

愉快な音楽が流れている。
街を見ながら歩いていると商店街に差し掛かる。

リンゴや(男)
「ちょっと、そこのお嬢さん!これ、あげるよっ」

ひょいっと投げられたリンゴをカノンはキャッチする。

カノン
「ありがとうございます。あのお代は...」

リンゴや
「あげるんだからお金はいらないよ。この国の人間は皆こうして助け合って生きてる。遠慮しないで持っていきな」

カノンはその後もバナナやオレンジ、ジュースや帽子までありとあらゆるものを無償で受け取る。

カノン
〈素敵な街だな...〉

スーツケースの隙間にもらったものを押し込み、鼻歌を歌いながら歩き続けると広場に出る。
カノンが顔を上げたその瞬間、ゴーンゴーンと時計台の鐘が鳴り、噴水が湧き上がっる。

カノン「わぁ、すご~い!」

感嘆の声を上げ、しばらく噴水を見つめていると真横を赤髪の美少女が通る。

カノン〈こんな美人さんがこの街にはいるんだ...〉

カノンはしばらくその場を動けない。

【寮の門の前・夕方】

カノン「ここが寮...」

カノンが呆然と立ち尽くしていると、ブロンズヘアの女性が現れる。

ブロンズヘアの女性マヤ
「新入生ですか?」

カノン「はい。ジャポニスタから参りましたカノンと申します」

マヤ「私はマヤ。ここの寮長をしているわ。中へ案内するから着いてきて。カズヤくん、途中まで荷物持ってあげて」

通りすがりの寮生カズヤ
「あっ、はい」

カズヤはすかさずカノンの荷物を持つ。

マヤとカノンが並んで歩き、カズヤは2歩後ろを歩く。

マヤが指を差しながら説明をする。

マヤ「あっちが男子棟でこっちが女子棟」

カノン〈ほんとお屋敷みたい...〉


【女子棟中庭】

歩き続け、中庭に辿り着く。
中庭の中央には噴水があり、その回りにはベンチがある。
バラのアーチが女子棟の門へと続いている。

マヤ「ここが中庭。なかなか素敵でしょう?」

カノン「とても素敵です!別世界に来たみたいです」

マヤ「ワタシも最初はとても感動したわ。最近は慣れてしまってなんとも感じないけど」

マヤはそう言って後方を振り返る。

マヤ「ありがとう、カズヤくん」

カズヤ「いえ。寮長さんにお伴出来て光栄でした。カノンさんもこれから大変かと思いますが、ぜひ一緒に音楽と夢溢れる高校生活を楽しみましょう」

カノン「はい」

カノンがそう言って微笑みかけると、カズヤは頬を赤く染めて慌てて帰った。


【女子棟玄関ホール】

カノン「うわぁ!すごい...!」

白を貴重としていて清潔感があり、掃除も行き届いているようでチリひとつ見当たらない。

カノン〈一体誰が掃除しているのかしら?〉

※回想シーン
孤児院時代、小さな木造の平屋の廊下を年下の子供たちと競争しながら雑巾がけをしたり、雑巾の絞り方を教えたりしていたことなどを思い出す。

マヤ「カノン?」

カノン「すみません。ちょっとぼーっとしていました」

マヤ「お疲れかしら?」

カノン「すみません...そのようです」

マヤ「でしたら、管理人室に行く前に1度休憩した方が良いわね。部屋を案内するわ」

カノンはマヤの後を着いていく。
ピカピカの廊下を傷つけまいとカノンはスーツケースを持って歩く。

カノン〈果物も入れちゃったから重いなぁ...〉

カノンがそんなことを思っていると、マヤが急に足を止める。

マヤ「ごめんなさいね。カノンの部屋はこちらだったわ」

マヤがカノンの後方にある部屋を指さす。
鍵を取り出し、カノンに渡す。

マヤ「さぁ、今日からここがあなたのお家よ。30分くらいしたら迎えにくるから少しお休みになって」

カノン「はい。ありがとうございます」

マヤが去り、カノンは自分の部屋の鍵を開ける。
扉の向こうには1人では大きすぎるくらいの部屋が広がっていた。
カノンは真っ先にベッドにダイブし、足をバタつかせた。

カノン「こんなふかふかの布団初めてっ!ここで毎日寝られるのね!」

カノン〈どんな夢が見られるのだろう?〉
カノン〈皆に読み聞かさせていたシンデレラみたいに王子様が現れるかも...〉

カノン「うふふっ」

カノンはそのまま眠りに落ちる。


【夢の中】

カノンが大きなホールで歌っていると、どこからか不審者が侵入してきて、背後から腕を回し大きな手でカノンの口を塞ぐ。

不審者「なぜ夢見がちなことばかり歌っている?歌などで世界は変わらないっ!耳障りなだけだっ!お前に歌など歌わせないっ!」

カノンが必死に腕を払おうとするものの男の力が強く、びくともしない。

カノン〈私は世界に夢と希望を届けるために歌いたい。ただ、それだけなのに...〉
〈夢や希望を否定する世界が、夢や希望を忘れた世界が...どれだけ息苦しいか...私は知っているから...〉

カノンが涙を浮かべたその時、足音が近付く。

謎の少年「カノンから離れろ!」

不審者「うるさいっ!」

謎の少年「カノンから歌を、夢を...奪うな!」

カノン〈......!〉

―誰なのかは分からない。
―けど、わたしはその人を知っていた。
―その人の名前を叫んでいた。
―王子様のような人だった...。

カノンの意識はそこで途切れ、目覚める。


【ベッドの上】

ゴンゴンゴンと激しく扉を叩く音が聞こえてカノンは飛び起きる。

カノン「すみません、今行きます!」


【廊下】

マヤ「ビックリしたわ。何度ノックしても返事が無かったから。あともう少し起きるのが遅かったらスペアキーを取りに行っていたわ」

カノン「すみませんでした...」

マヤ「疲れていたのだから仕方がないわ。ただ、この寮には時間にうるさい人もいるから気をつけてね。特に食事の時。全員揃わないと食べられないから」

カノン「はい...」

カノンは項垂れながら歩き、管理人室に到着する。


【管理人室】

管理人室にはジェシカという30代後半で小太りのオレンジ色の髪ををひとつに結った女性がいた。

ジェシカ
「初めまして。ワタシがこの寮のオーナーで管理人のジェシカよ。お部屋に不具合があったら見てあげるからね。あと、寮生同士のいざこざもあれば話聞くわよ。女ばっかりだと色々あるからね~。愚痴ならいつでどうぞ」

マヤ
「根も葉もないこと、言わないで下さい。女性が多いからといっていじめもケンカもありませんから!」

マヤの様子にカノンは苦笑いを浮かべる。
ジェシカはカノンに紙を差し出す。

ジェシカ
「ひとまず寮の決まり事を覚えてもらおうかな。この紙に書いてあることは必ず覚えて守るように」

カノンは威勢良く「はいっ」と返事をする。

マヤ「家事をまともに出来ない人は、演奏も上達しません。常にピカピカを保てるように頑張りましょう」

カノン「はい、頑張ります」


【廊下、部屋の前】

部屋の前まで戻ると足音が近づき、カノンの隣で止まる。
カノンが顔を上げるとそこには先ほどの美少女がいた。

カノン「あっ、あなたは...」

美少女「初めまして。本日からこちらでお世話になっております、アリスと申します」

カノン
「あっ、あの、わたしはジャポニスタ出身で、ほ、本日ここに参りましたっ、カノンです。よろしくお願いします」

アリス
「ジャポニスタなら一緒ね。だからといって馴れ合うつもりはないわ。それにあなたをライバル視するつもりもない。己の敵は己のみ。私は私の声で私にしか出来ない音楽を奏でるから。くれぐれも邪魔だけはしないで。じゃあ」

バタンと大きな音を立ててドアが閉まった。

カノン〈なんか、すごい子が隣になっちゃったなぁ...〉

大きなため息をひとつついてからカノンは部屋に入る。


【食堂・夜】

カノンは部屋番号が書かれた紙が置いてある場所に腰掛ける。
全員が着席したところでマヤが話し出す。

マヤ「学年のリーダーをこちらで決めるまではワタシが指揮を取ります。それでは、まず初めにご挨拶から。この度はご入寮誠にありがとうございます。本日からよろしくお願い致します。それでは...」

全員が合掌する。

マヤ「大地の恵み、海の恵み、この世界に生きとし生ける全ての生命に感謝して...頂きます」

寮生全員「頂きます」

ジャポニスタでは見たことのない料理が並ぶ中、カノンは目を輝かせながら食べ進める。

カノン「ふふっ。こんな美味しいもの食べたことない」

思わずそう呟くと回りから白い目で見られる。

マヤ「カノン、どうかしましたか?」

お誕生日席で食べるマヤが声を張り上げてカノンに問いかける。

カノン
「あまりにも美味しかったので心の声が漏れてしまいました。すみません...」

マヤ
「それは良かったです。料理長もスタッフも喜びます。後でお伝え下さい。ですが、食事中は静かに。これは鉄則です」

カノン
「はい...」

カノンはその後は黙って食べたが、談笑しながら食べていた孤児院時代のを思い出し、感傷的になる。


【部屋】
カノンはその日の終わりにノートを取り出して日記を書き始める。

※日記の内容
2121年4月10日。
今日からいよいよ寮生活が始まりました。
孤児院と違うことばかりで戸惑うこともありますが、アクアリズムは白い壁と真っ青な海が爽やかで、見ているだけで心がスカッと晴れ渡ります。
商店街の方々からもらったものは料理長に今日の食事の感想と共にお渡ししました。
ここに着いてからずっと胸がドキドキしています。
何かが起こる気がします。
その何かはまだ分からないですが、私を成長させ夢を叶えるために必要なことだと思います。
どんなことがあっても私は決して挫けたりせず、前を向いて歩いて行きます。

カノンはそう綴るとベッドに潜り込み、枕元の電気を消した。


【入学式の会場 ベルホール】
カノンが通うことになった音楽学校の敷地内にある大きなホールで入学式が開催されるため、カノンはそこへ来ている。
新入生たちは真新しい制服に袖を通し、緊張した面持ちで下りたままの幕を見つめている。
しばらくしてブーッとブザーが鳴り、幕が上がる。


【壇上 校長(国王)の話】
髭を蓄えたいかにも国王という風貌の男性が壇上に上がり、挨拶をする。

国王
「皆さん、ご入学誠におめでとうございます。
皆さんはこのホールで演奏を出来る日を心待ちにしていることでしょう。
しかし、この舞台に上がるまでには相当な苦労の日々が待っています。
常に向上心を持ち、何事も手を抜かず前向きに努力されることを祈っています。
その姿こそが青春の輝きです。
血の滲むような努力が拍手の海に変わる日を夢見て精進なさって下さい。
皆さんの最初のファンとして、このステージで演奏を聴けることを楽しみにしています」

校長の挨拶が終わり、会場は拍手に包まれる。
校長が壇上から去るのを見送ると、司会の男性が話し出す。

司会「では、続きましては新入生代表による"誓いの歌"です。アリスさん、よろしくお願いします」

カノン〈アリス...!〉

ステージの中央に真っ赤なドレスを着たアリスが歩いてくる。
会場中が釘付けになる。
やがて、ピアノの伴奏が始まり、優しいメロディが流れ出す。
間奏が開け、アリスは歌い出す。

アリス♪
「我が人生を照らし出す光
青く澄み渡った空
今歩き出す 己の願いのため
魂を音に宿し
この声で永遠に歌おう
世界に愛が
世界に希望が
世界に夢が
満ち満ちるよう誓うよ
この声で世界を変える歌を
私は歌う」

エネルギーを全て歌にぶつけたような力強さと可憐さを孕んだ歌声と常に移ろい行く表情にカノンは圧倒的される。

カノン〈アリス...すごい...〉

会場全体が彼女に称賛の拍手を送る。
しばらくそれは鳴りやまない。

【寮の中庭・夜】

時刻は午後9時を回ったが、カノンは中庭に来て個人練習をしている。
カノンが一生懸命に"誓いの歌"を歌っていると、足音が迫ってくる。
そして、カノンの背後で止まり、拍手が鳴り出す。

カノン「わっ!」

カノンは驚いて思わず尻もちを着いてしまう。
カノンの前に右手が差し出される。
カノンはためらいながらもその手に手を重ねると勢い良く体を起こされる。
カノンは彼の美しさに目を奪われる。

王子レント
「驚かせてしまってすまない。僕はこの国の王子レントだ」

カノン「お、王子...」

王子レント
「実は僕も入学式を見に来たんだ。今は先生方と食事会をしている最中なのだけれど、子供には飽き飽きする話ばかりでね。つまらないから抜け出して来たら君が歌っていたんだ。実にハートフルな素晴らしい歌声だった。先ほどの彼女とは違う魅力を感じて全身の細胞が震えたよ。君、名前は?」

カノン「カッ、カノンです」

レント「カノンか。良い名前だ」

カノン「ありがとうございます」

カノンがペコリと頭を下げると、そこにレントの手が乗った。

レント「また聴かせてくれるかな?」

カノン「えっ...あっ、はいっ」

レント「じゃあ、今度は僕の部屋に招こうかな?王室とここは目と鼻の先だからね。明日から学校大変だと思うけど、頑張って」

カノン「は、はははいっ」

レントは動揺を隠しきれないカノンを見て微笑みを浮かべ、去っていく。

カノン「あれが王子様...」

カノンは夜空を見つめる。

カノン〈今夜は眠れそうにないな...〉

カノンはしばらく夜風に吹かれ、その熱を冷まそうとした。


【パーティー会場廊下】

レントの双子の弟レノンは兄を捜している。

レノン
「ったく、どこにいったんだよ...。こっちだっていなくなりてぇっての」

文句を言っていると、目の前から鼻歌を歌いながら兄が現れる。

レノン「お兄様...」

レント「レノンどうした?お前も飽きて出てきたのか?」

レノン「違う。俺はお兄様を捜しに...」

レント「それより聞いてくれ。さっき素晴らしい歌声の少女に出会ったんだ。寮の中庭で誓いの歌を歌っていた。昼間の彼女とは違う魅力に溢れていた。今夜はこの熱で眠れそうにない。今日は心震える歌を2つも聴けて耳が喜んでいるよ!」

レノン「そ」

レント「お前は昔からそうだな。音楽には興味がない。もっと深く知った方が良い。同じ歌でも歌い手が違えば目の前に広がる世界が違って見えるんだ。こんな感動1度味わったら忘れられないよ」

レノン「分かったから、ひとまず戻りましょう。国王にバレたら怒られるのは俺なんですから」

レント「ははっ。ごめんごめん。つい...」

音楽への愛と情熱に満ちた兄と冷めている弟。
後に音楽が互いの運命を左右することになるとはこの時の2人は思いもしていない。

レント「カノンちゃんか。また会いたいな...」

レントが呟いたその名がレノンの脳裏に焼き付く。