あれから数日後、柳さんは話していた通り海外へと旅立ってしまった。


「本当に見送らなくてよかったのか?」
「うん。約束したから。」



本当は空港まで見送りに行きたかったけど、きっと別れるのがつらくなるから行けなかった。それに柳さんは約束してくれた。この指輪が愛の証であると。仕事が終わったら戻ってきてくれると。


「もみじ、私、高校卒業までに外国語を勉強したい。英語もフランス語もドイツ語も何でもやる。柳さんの役に立てるように……一緒にいられるように頑張りたい。」

「そうか……お前の成績ならきっとどこにでも行ける。柳さんのために頑張れよ。」




いつもの馬鹿みたいに元気なもみじとは違って静かで泣きそうな顔をしている。


何かあったのかな…?



「もみじ、元気ない…?何かあったの?」


「大切な奴が幸せになったんだ。俺なんかよりもいい奴に出会えて。」
「それって、前に言ってた人のこと?付き合ってるって言ってなかったっけ?」


「告白…する予定だったんだ。する前にフラれた。」




「そっか……なんかゴメン。」

「でも…そいつはきっと幸せにしてもらえるからいいんだ。」



「なんかもみじらしくない。私が知ってるもみじはいつも馬鹿正直で一生懸命でこんなに潮らしくない。何事にも無鉄砲に挑戦するけどいつも楽しんでて後悔するようなことしない。」

「俺らしい…か。でも好きって言ったらそいつは困る。」

「困らせてやればいいじゃん。そのほうがもみじらしい。」



「そうだな。紫吹、ここに立ってくれるか…?」





もみじの前に立つよう促される。なんで私…?






「俺は…紫吹のことが好き……だった。優しいところも頑張り屋なところも好きだ。」

「ちょ、ちょっと、私で練習しないでよ。」
「練習じゃない。本気だ。」






ちょっと、もみじ、何言ってるの…?もみじが私を好き…?






「でも紫吹の心にいるのは柳さんだろ。だから……俺の気持ちは忘れてくれ。お前はお前の未来を大切にしろ。それなら俺は構わねえ。柳さんに幸せにしてもらえよ。」






もみじは……自分のことよりも私のことを考えて柳さんとの未来を選ばせてくれた。いつもいつも私を大切にしてくれていたんだ。




「もみじ……ありがとう。」
「おう。」






ああ……私の心の中の雨は止んだんだ。それは柳さんに出会ったからだけでなくもみじが支えてくれていたことだけじゃない。私が……自分を受け止められるようになったからだ。




「もし何かあったら頼れよ。担任なんだから。」

「うん……。」






また迷ったら今度は立ち止まろう。本当に大切なものを失わないように。







ああ……こんなにも世界は美しかったんだな。