送信したメールも即チェックしてくれているらしく、マウスのクリック音が聞こえる。

「羽柴先輩はどうですか」
「んー、あと少し……けど、今日ここまで出来たなら上出来。明日の午前も潰れるかと思った」

 ふぅ、とやっと一息つけるようだ。宇佐見も途中何度か画面から目を反らしたり時計を見たりしていたが長時間にらめっこしていたことに変わりはない。身体をぐいぐいと左右にまわして動かすとこりこりと音がする。まだ二十歳を過ぎて間もないのにこれとは、これから重ねていくしかないのにどうなるんだろうか、そう思えるほど身体は硬くなっていた。立ち上がってフロアにある小さな給湯室に行きポットに残っていた湯を失敬する。残業になると分って一度沸かしてからもう三時間ほど経っている。保温機能のおかげでお湯はまだお湯のままだ。

「ホント助かった。こういう細かいのはやっぱり宇佐見向きだな」
「とかなんとかいって。先輩が言えば誰でも手伝ってくれると思いますよ?」
「世の中そんなに甘くないんだぞ。手伝うっていってほとんど何もやらないやつなんてザラだし……やっぱ、会社入ると見える物が違うな」

 片手間にお茶を淹れて持っていくと、ありがとう、と言われる。

「お湯が残ってたのでね、エコです、エコ」

 と軽く流す。ポットは乾かしておかなければならないし、茶葉だって使いかけは捨てなければならない。もったいない病、だとも思うけれど咽喉も渇いていたし丁度いい。

「会社に入ってからの宇佐見は俺にキツくないか?」
「気のせいだと思いますよ? あ、羽柴先輩、湯呑は洗って逆さにしておいてくださいね」
「ほらー、そういうとこ。……恩をちみちみと仇で返す奴だな」
「そんなヒドい人がいるんですか! それはいけませんねぇ、私なんて残業手伝ったのに!!」

 口では言いつつ、言わなくても当然のように羽柴先輩は片してくれるじゃないか、と机に戻って書類を纏める。途中、コピー機から取ってきた印刷済みの用紙もまとめてクリップを止めてファイルに入れた。
 飲み終えた湯呑を給湯室に持ていき洗ってくれている音がする。そんなところが女子に受けると知りつつやっていると思うのにそんな素振りを見せない。本人は周りからのミーハー的な評価はあってもなくてもいいという風だし。それに――。
 借りた書類と作った書類をまとめたものを羽柴先輩の机に置いて、帰る用意をする。遅くなることを見越して、ロッカーから鞄を持ってきておいてよかった、と胸を撫で下ろした。
 ――それに私に言わせれば、会社に入って雰囲気が変わってしまったのは羽柴先輩の方だ。自覚はなさそうだが羽柴先輩自身にブーメランが飛んで返っている。