──心の盾──


男の子の叫び声が聞こえた。だが、どこかで聞いたことある声。そう、あのキャンプ場の肝試しでも。

奏「律!!!」
タッタッタッタッタッ
そこには、使い古したかのようなカッターナイフを手に持っていた水香と、恐怖で目から涙が出ている律がいた。
奏「水香!!何してるの!!」
水「………着いてこないで欲しかったんだけど…」
奏「僕は知ってるから!!水香はそんなことをする人間なんかじゃ─」
水「何!?転校生のくせにあたしのことを知ってる!?バカ言わないで!!あたしのことは、あたししか知らないの!!他人が理解できるようなものじゃあないの!!」
奏「……っ…………」
何も言えない。僕も辛い思いを沢山した。自分のことをいじめたヤツらのことは許せない。でもきっと、されたことが同じくらいの加減だとしても、心の盾の強さは水香の方がもろかったんだろう。
水「あたし疲れたの……なにかに怯えながら暮らすの……だったらその原因を壊せば、楽になれると思うの。そうするには、こうするのが一番だと思うの……!」
奏「そんなの間違ってる!」
僕は水香の持っているカッターナイフを奪い取って、水香を壁に押し付けた。こんな人格とは言え、元はあんな女の子だ。力はそんなに強くはなかった。
奏「今だ!!逃げて!!」
律「っっっっ!!!」
タッタッタッタッタッ
水「何すんの………お前!!!」
奏「こんなことしたらダメだ!!許せなくても、大っ嫌いでも!!」
水「そんなの………っ!!離せぇっ!!」
シャッッッ
奏「いっっ………」
ジワ
僕の顔にカッターナイフが触れてしまい、切り傷が出来た。
水「あ……あぁ…ごめんなさい…」
しばらくすると大人しくなった。僕も手を離し、話をしようと思った。すると─

水「なんで…なんで人はこんな目に遭わなきゃなんないの!?なんで私なの…?どうして平和に暮らしていけなかったの…?なんで…どうして……」
水香は泣き出した。真っ黒な服と心のまま、真っ紅な瞳から涙を零した。その泣き顔は、普段の水香その物だった。
水「うわああああぁぁあぁぁん!!」
聞いていると、僕までも泣けてきた。その辛い悲痛な泣き叫びが、僕の心に刺さった。
奏「……ぐす……」
水「うっ……なん…で…っ…お前も…泣いてんだよっ……ううっ」
奏「分かんないっ…………そんなの…」
水「ねえ……奏夜……っ…」
奏「何…?」
水香は、声を震わせてこう言った。
水「あたしは…もう1回この人生で……平和に暮らしていけるかな?」
奏「………うん…できるよ…きっと」
水「お前が言うと…信用出来ないなー…w」
奏「なんだよそれ…w」
水「ふっ……はははっw」
奏「ちょっwなんだよ!ww」
僕達は笑った。何故か笑いたくなった。安心できた。
タッタッタッタッタッ
清「はあ……はあ…………ぐえ…」
奏「清!!大丈夫!?走ってきたの!?」
清「ったりめーだろ…道迷って遅くなったし…」
水「あ…………………」
清「す、水香!!」
水「っ!!」
水香は目をつぶって、身構えた。
ギュッ
水「へ………?」
清「よかった…………大丈夫なんだな…?」
清が水香に抱きついて、安心した顔を見せた。
水「なんでだ…?あたし、お前のこと蹴って……」
清「あんなのどーってことねーよ!それに、お前が大丈夫なら俺も大丈夫だ!!」
水「もー…どういう理屈だよ…w」
すると、水香から黒いモヤ…いや、黒い何かが溶けだしてきた。
清「わっ!?何だこれ!?」
水「……戻るんだよ…あたし。いつもの自分に。」
奏「また…会える?」
水「なーんだ?会いたいのかー?だったらいつでも会えるだろ?いつでもどこでもあたしは"交代"できるぞ!」
奏「…うん。またね」
水「へへっwじゃあな!」
スゥ
水香は、魂が抜けるように体が脱力した。だが、すぐに意識は戻った。