早瀬がうちの美容室に来るようになって半年。
 店にきた当初は店長が対応していた。
 カルテで名前と住所を見て、すぐに近所に住んでた、あの『小さい杏子ちゃん』だとわかった。

 あの頃、いつも俺たちの後を追いかけて、追いつけなくて、大きな目に涙をためて頑張って歩く姿は、今でも妙に印象に残っている。仕方なく、みんなを先に行かせながら、一緒に歩いてやった『小さい杏子ちゃん』。
 たぶん、他の一年生と比べても小柄だったはずだ。


 そんな彼女が、子供の頃と変わらず、大きな目で俺をまっすぐ見てきた。
 子供の頃と変わったのは、大人の女になってたこと。
 もう『小さい杏子ちゃん』と言われるほど、背も小さくはない。むしろ、少し背が高いくらいじゃないだろうか。

 本人は、押さえてるつもりだろうけど、俺を求めてる眼差しが、わかりやすすぎて、今までは、つい、ちょっかいを出したくなるのを我慢するのが大変だった。
 頭から首から肩まで、ひどくこっていたのは事実で、だいぶ疲れてたんだろう。
 弱ってる姿を見ると、『小さい杏子ちゃん』と重なってしまう。
 眠りに落ちた早瀬の、小さく開いた唇が、あまりにもそそるから、軽くキスしてしまった。
 本人は気付いてなかったかもしれないけど。

 帰宅のために駅に向かう彼女の後ろ姿を見送る。
 
「……またのご来店をお待ちしております」

 クスリと笑った俺は、そのまま店の中へと戻るのであった。