栗原さんのせいで、仕事の間中、ずっと新しい店長という仕事のことばかりを考えていた。
 気が付けば、閉店の音楽が流れ始めていた。

「早瀬さん、お疲れ様?」

 注文しなくちゃいけないものはないかと、若干焦りながらメモをしているところに、まさかの野村さんが声をかけてきた。

「あれ? どうしたんですか?」

 実際、顔に疲れが出てかのかもしれない。
 野村さんが心配そうに覗きこんでくる。

「ん~、早瀬さんから連絡来ないから、俺の方から来ちゃった」
「来ちゃったって、お仕事のほうは?」
「今日は、体調が悪いからって言って、早めにあがらせてもらっちゃった」

 エヘッ、と照れた笑顔を見せる野村さん。
 男のくせに無駄にカワイイとか、ムカつく、という気持ちは見せないように、にっこり笑顔で話を続ける。

「ダメじゃないですかー。黒川さんに言いつけちゃいますよ?」

 バレンタインデーに渡したメモのおかげで、今では私のスマホには黒川さんの連絡先も登録されている。
 まだ一回くらいしか連絡したことなんてないけど。

「それは勘弁して~」

 まるで私を仏様か何かのように拝む野村さん。

「もうすぐ閉店だよね?」

 天井のほうを見上げながら、流れてくる音楽に耳を澄ます。

「ええ、そうですけど」
「この後、一緒にご飯行かない?」
「はい?」
「じゃあ、下で待ってるね」
「え、ちょ、ちょっと!?」

 引き留める間もなく、店を出て行く野村さんを、呆然と見送る私。

「……早瀬さん。あがってもいいよ?」
「ひっ!?」

 店長が急に背後に立って声をかけてきた。
 ニヤニヤしてるところを見ると、野村さんのことを勘違いしてるんだろうな、というのは予想がつく。
 でも、今日はあんな話をされただけに、正直さっさと帰りたい気分ではある。

「じ、じゃあ、先にあがらせてもらいます~。」

 私はいそいそと上着と荷物を取ると、店を後にした。