突然、早瀬から渡されたチョコレート。
 バレンタインなんて、一週間くらい? いや、もっと前か?
 それなのに律儀に渡して、走り去る彼女の姿を、呆然として見送るしかなかった。
 そのまま店に戻ると、野村の姿が奥の方でチラリと見えた。
 あいつに見せると、揶揄われるか、逆にあいつを煽るようなことになりそうだったので、事務所に入る。

 渡されたのは、有名なチョコレートの店の包装紙に、シンプルなリボンが付いている。
 そして、リボンの間に小さなメモ。そこには、彼女の携帯番号とメールアドレスが書かれていた。
 俺はそのままチョコレートを自分の鞄にしまい込んだ。

 彼女の野村と楽しそうに話していた姿が頭をよぎる。

『お待ちしてます』

 彼女が野村に話していた言葉が耳に入ってきただけで、自分がこんなに苛立つなんて、思いもしなかった。
 フロアに戻ると、最近よく俺に付いている女のアシスタントが、俺からの指示を聞いてきた。
 指示を終えて、次のお客に向かおうと思った時。

「黒川さん、何かいいことありました?」

 アシスタントからそう言われて、フッと鏡を見る。
 俺、なんだか、口元が緩んでる。

「……ちょっとね」

 ――後で、彼女にメールしてみようか。

 そう思いながら、ニヤけそうになる顔を軽く叩いて、仕事に戻った。