「こんにちは」

 お店に入るなり、目の前に現れたのはキラキラモード全開の野村さん。

「お荷物、お預かりしますね。今日は、ずいぶん大きなカバンですね。仕事帰りですか?」

 不思議そうな顔をしながら、私のコートと荷物を受け取ってくれた。
 実は、今日は、美容室に来る前に、某チョコレート専門店で、小さいチョコレートを買ってきた。
 そして、それに小さいメモで、私の携帯番号とメールアドレスを書いて、こっそり入れておいた。
 それを入れるための大き目なカバンだったんだけど、ちょっと大きすぎたかな。

「あ、あはは。ちょっと、大きすぎちゃいました」

 笑ってごまかしていると、黒川さんが現れた。

「いらっしゃいませ」

 今日も、ステキな笑顔で私を席へと案内してくれる。

「今日はどうします?」

 そう言いながら、私の髪を優しく撫でる。

「えと、ちょっと伸ばしてみようかなって」
「え?」

 意外そうな顔で、鏡越しに私を見つめる。

「に、似合わないですかね?」

 なんとなく。なんとなく、だけど。
 もう少し、髪が長い方が、もう少し、女っぽく見えるかなって。
 もう少し、女って意識してもらえるかなって。

 そんなことを思ってるなんて、言えないけど。

「そんなことないよ。短い髪が似合う人は、髪を伸ばしても、けっこう長いのも似合っちゃうんだよね」

 軽くウィンクして見せる黒川さん。
 そんなことですら、ドキドキしてるなんて、きっと気づいていないだろうな。

「え、えへ。だったらいいんですけどね」
「任せて。一緒に綺麗に伸ばしてみようよ」

 私の短い髪を、サラサラといじりながら、真剣に考えてる。
 その表情に釘づけになってる私を、野村さんが見ていたことに気づかなかった。

「じゃあ、先にシャンプーしますね」

 そう言うと、周囲を見回して野村さんを呼んだ。

「代わりますね」

 にこやかに去っていく黒川さんの背中を見送っていると、「では、あちらにお願いします。」と、野村さんが私の椅子を回して、移動を促した。
 平日の午後も早い時間なのに、鏡の前の椅子はほとんど埋まっている。
 その中を黒川さんは、あちらのお客さん、こちらのお客さん、と、まるで花の蜜を集めるように動き回ってる。
 人気があるんだよな、と、目の端に捉えながら、シャンプー台の席に座った。

「気になります?」

 大き目なベルベットのようなひざ掛けを私の足にかけながら、小声で聞く野村さん。

「えっ」

 思わず、野村さんの顔を見てしまう。

「ふふふっ。早瀬さん、わかりやすすぎですもの」

 はい、椅子倒しますね~、と言いながら、私の顔にガーゼを乗せた。

 ――そんなに私ってわやすいのかな。

 ……そ、それって、まさか。
 黒川さんにもバレバレってことっ!?

 そう思ったら、身体中の血が頭に上ってきてしまったくらいに、顔が赤くなってしまう。

「ったく、カワイイんだから」

 野村さんが私の髪を洗いながら、何かつぶやいていたけえれど、私は黒川さんのことばかり考えていた。

 ――この後のカット、どうしよう。

 意識しないでなんて、いられるわけがない。
 鏡越しでも、顔が見られない気がしてきた。