廊下を進み、リビングに通じるドアの前まできた時だった。
ぴたっと足が止まった。
その向こうから、ジェイの声が聞こえたせいだ。


「……面影あってさ、すげぇドキドキして。あと少しで椿(つばき)って呼ぶところだった、彼女のこと。とっさに誤魔化したけど」

椿……?

どうやら電話で話してるっぽい。
どうしよう?

邪魔をするのは嫌だけど……このままだと立ち聞きしてるみたいだよね?
と迷っているうちに、さらに会話は進んでしまう。


「……“何も持ってないわたしが生き残るためには、他に選択肢はない”、とか言うんだぜ」


聞き覚えのあるセリフに、なんとなく耳ダンボ。

もしかして椿って呼びそうになった彼女って……わたしのこと?
そう考えた時、ふいに思い出した。


――っ、つ……
――はい?

――……つ、いでに聞きたいんだけど、渋谷駅って、どっちかわかる?


屋上で……あれってまさか、“椿”の“つ”、だった?


「ほんと、いろいろ危なっかしくて……放っとけないだろ?」