「きゃっ!!」
突然現れた――ジェイのそれとはまったく別物の太い指に腕をきつく鷲掴まれ、口から悲鳴が飛び出した。
「随分舐めた真似してくれたなァ」
あぁ……見つかっちゃった。
視界にその巨体を入れて確認するまでもない。
いつだって徹夜明けみたいにひしゃげたこの声は、猪熊さんだ。
今日はマックスでキレてる。
勝手に逃げ出したわたしが悪いんだけどね。
つまり、ジ・エンド。ゲームセット……
塩をかけられたナメクジみたいに(やったことないけど)、しゅわしゅわって全身から力が抜けていくのがわかった。
「ここまで面倒見てやった恩を忘れやがって!」
はは……ここまでって?
下を向いたまま、こっそり笑っちゃった。
彼がわたしの担当になったのは事務所の社長が代替わりした後だから、それほどの年数、お世話になったわけじゃないんだけどな。
まぁ反論なんて許されるはずもない。
有無を言わせず引っ張られて、わたしの身体は意志をもたない人形のようにぐにゃりとたたらを踏んだ。
こういう時の猪熊さんは、このレスラーみたいな体格も手伝って、もうヤクザにしか見えない。
よくこれでマスコミの仕事できるよねって思うけど、外面はいいんだよね。だからみんな、騙される。“クマさんみたいでカワイイー”って。
ここでどんな言い訳しても、無駄だろう。
火に油を注ぐだけだし、黙ってた方がいい。


