唖然とした彼がようやく自分を取り戻し言い返そうとした時にはもう、彼女は軽やかに身を翻し、「よろしくお願いしまーす!」と共演者の元へ走っていってしまった。

(なんだあいつは……!)

(絶対父さんに言いつけてクビにしてやる! あんなヤツ! あんなヤツ! あんなヤツ……)

置きっぱなしの台本に書かれた“大村椿”という名前を目に焼き付け、頭から煙が出てくるんじゃないかと思うほど怒りに燃えていたジェイだったが。

最初の興奮が過ぎ、撮影風景を目で追ううち――次第に暴言と思われた言葉の意味が、ジワリと胸に染みてくるような心地がした。


彼女はプロだった。
自分と同じくらいの、まだ子どもなのに。

大人に混じって対等にやりとりをし、演技の相談をし、打ち合わせをし、そしてまるでそこに別人がいるのかと思うほど完璧に演じる。
その姿は、率直に言って最高にカッコよかった。

それに比べて……自分はどうだろう。
彼女の言う通りだ、ちやほやしてくれる周りに甘え、何もしていない。

なんだかとても恥ずかしかったのを覚えている。

今更ではあるがなんとか印象を良くできないかと、何度も声をかけようとした。

ジェイはその頃からモテた。
女の子に話しかけるのに、苦労したことなんてない――というより、視線を向けるだけで向こうが寄って来たから。

なのに、彼女は自分に全く興味などないようだ。

その事実に打ちのめされ、彼女の視界に入りたがっている自分に気づく。
淡い初恋の始まりだった。