正確に言うと、それはわたしが演じた役の名前。
「台本に、大きく書いてあったよな。“大村椿”って。だからオレはそれが君の本名なんだって思い込んでた」
うん、そうだった。
当時は役になりきるために、台本はもちろん、いろんな持ち物に役名を書いてたっけ。
「台本を見たって……じゃあ、あの映画にジェイも出てたの?」
他に子役がいただろうかと首をひねるわたしへ、彼は首を振る。
「いや、オレは見学してただけ。父さんの会社がスポンサーだったから」
見学? スポンサー?
うーん……確かにそういうことは、時々あるけど。
「全然思い出せない……」
ごめんね、と謝ると、「ふぅん」ってなぜか黒い笑みを向けられた。
「栞、オレの事『ワガママなクズ御曹司』とか言ったんだけど。それも忘れちゃった?」
「え、えぇっ!?」
スポンサーのご家族に向かって、そんな無礼な口をっ!?
ひぃいい何考えてんのわたし~って、顔面蒼白。
いや、でもあり得るかも。
絶頂期でじゃんじゃん仕事が来てた頃は、結構天狗になってたから……
「っご、ごめんなさいっ! ほんと、ごめんねっ。できれば、忘れてほしい!」
ほんと何様って感じだよね。
すっごく恥ずかしいっ……
「忘れられるわけない」
両手を合わせて必死に拝んでいたわたしは、その穏やかな声に恐る恐る目線を上げた。
「御曹司って肩書に媚びてくる奴らばかりの中で、栞だけは違った。君だけは、ちゃんとオレ自身を見てくれた」


