ルドルフさんの見送りを断り2人でお屋敷を出て、少し離れたところにあるという駐車場を目指し森の中を歩き出した時だった。
「あのさ……栞、って呼んでもいい?」
唐突にジェイから、そんなことを言われた。
さっきライアンに先越されて悔しかった、と視線を泳がせながら。
その照れくさそうな様子にこっちまで気恥ずかしくなっちゃったけど、もちろんノーなんて言う気はない。
「いいよ、呼んで」って頷いた。
すると、隣で足を止めた彼がすっと息を飲んで。
「……栞」
わたしを見下ろし囁くように口にするや否や、かぁあって顔に血を上らせる。
耳まで真っ赤に見えるけど……ライトアップのせいじゃないよね?
「~~っ……すごく、嬉しい。朝会った時からずっと、そう呼びたかった」
噛みしめるような嬉々とした声音に、こっちまでじんわりと幸福感が沸く。
朝、かぁ。
そういえばジェイに会ってから、まだ24時間も経ってないんだよね。
あの時はまさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。
ものすごく遠い昔のことみたいだけど、と記憶を辿って――ビクリと身体が硬直した。
――あと少しで椿、って呼ぶところだった。とっさに誤魔化したけど。
雨の後のひんやりした夜風、湿った緑と土の匂い……、すべてが掻き消える。
違う。わたしじゃない。
ジェイが呼ぼうとしたのは……
自分の立っている地面がいきなり奈落に変わり、どこまでも落ちていくような絶望感に襲われた。
「ん? どうした?」
「……椿さんのことは……いいの?」


