「うわぁ……いい匂いがするよ」
男の顔が近づくたび叫びそうになるのを堪えながら、必死に思考回路を動かした。
どうしよう。
どうすればいい?
力じゃ絶対にかなうわけない。
大声出したってこんな高級ホテルだもん、外に聞こえないかも……
ただ、ラッキーなことに部屋自体はごく普通の広さだ。
なんとかドアまでたどりつければ、外に出て助けを求めることができるかも。
そのためには、まずこの男をわたしの上からどかさなきゃ、だよね。
でもどうやって……?
自問自答しながら、ふと思い出したのは……皮肉なことに、お母さんの言葉だった。
――栞ちゃんの取り柄は演技力しかないんだから、それをもっと磨くようにお稽古しなくちゃ。
……そうよ。
わたしには演技しかない。
でも逆に言えば、演技がある。
演技という名の武器が。


