「なぁんてね。できるわけ、ないよね」
自嘲気味につぶやいて柵に背中を預け、目線を上へと持ち上げた。
空はこんなに広いのにな……わかってる、逃げられないってことは。
何しろ相手は、天下のABCテレビの大物。わたしだけじゃなく、事務所だって潰しちゃえる力、あるんだもの。逆らえるわけない。
正しいとか間違ってるとか、関係ない。
これが芸能界なんだ、って諦めるしかない。
染まるしかないってことなんだ。他に取り柄もないわたしが、この世界で生きていくには。
せいぜい今できることといったら……そうだな、誰かに告げ口してやる、とか? 馬淵さんて、奥さんいたよね?
チラッと過った計画は、即却下。
間違いなく、こっちが悪者にされて終わるだけだもん。時間の無駄。
「あぁあ~……」
空を覆う黒ずんだ灰色の雲は、まるでわたしの気持ちを表してるみたい。
この先ずっと、初の枕営業とこの空を、セットで思い出すんだろうな。
だったら、せめて……
そう、せめて初めての相手は、素敵な人がよかった。
だからヒナタ君のところに行ったのに、ダメになっちゃうし。
もうこの際えり好みはしないから、馬淵さんよりマシな人と、初体験だけ済ませちゃおうかな。例えば、さっきのイケメンみたいな人とか。
ほら、そうすれば今夜だって、処女が大好物だっていうあのエロオヤジを、ベッドでざまぁって笑ってやれたかも――……
ん?
「……ちょっと待って」
勢いよく体を起こして、つぶやいた。
今からでも……遅くないんじゃない?
さっと携帯を確認すれば、まだ10時にもならない時間。
夜までは、だいぶある――
わたしはの目はいつの間にか、彼の消えたドアを凝視していた。


