「こんなところで躓いてたまるもんですか……」

執念とも怨念ともつかぬ声で言い、バーキンの持ち手をギリギリと握り締める。

(私にこんなことさせて……相応のお仕置きを覚悟してもらわなきゃね。あの可愛い顔が歪むようなヤツを……)

手始めに、監禁なんてどうだろう?

「ふふ」

その場面を想像して少しだけ気分がよくなった潤子は、高木を動かせそうな業界関係者を頭の中で探し始めた。
ちょうどそこへ、

RRRRRR……

着信音が鳴り、足を止める。
スマホのディスプレイに表示されていたのは、彼女がよく知る自社スタッフの名前だった。

「はい、もしもし、宇佐美くん?」
『社長、お疲れ様です』

聞こえてきた声に、怒りや苛立ちがスッと凪ぐ心地がした。
それくらい、穏やかな耳障りのいい声なのだ、彼は。

実にいい人材を手に入れた、と悦に入りながら「今日はお休みのはずでしょ、どうしたの?」と返し――そうだ、と唐突に閃いた。
高木を落とすのに、彼を使ってはどうだろう。

中途入社したばかりでこの業界の経験はまだ浅いが、長く人事畑にいたという職歴せいか人当たりがよく、相手の胸襟を開かせる術を心得ている。
彼なら、あるいは高木を説得できるようなアイディアを持っているかもしれない。

そう思いつき、勢い込んで話し出そうとしたのだが……先を越された。


『社長、これからお時間をいただけませんか? 実は、社長に会いたがってる人がいまして』