幼女になった若返りの大聖女は孤高のぼっち研究三昧ライフを送りたい!!

「よーし、王子たち! 今日は浮遊魔法の練習をしよう!」
「えっ、いいの?」

 その言葉にルーカスは目を丸くし、レオンは不安そうな顔をした。

「ぼくたちにはまだ早いって言ってなかった?」
「いいんだ。まずはベッドのマットの上でやれば怪我もせんだろう」
「わーい!」
「……」

 カイは頬杖をついてその様子を見つめている。

「応用すればこの間錬金術で作った蝶を飛ばすこともできる」
「わぁ、やってみたい」
「だったらまず、基本を身につける。出来るか?」
「うん!」

 そうして、授業は和やかに進んでいった。

「はい、今日は終わり! クーロもお待ちかねだ」
『おうじさまたち、遊びましょう!』
「うん!」

 王子達とフェンリルの幼獣クーロが庭に駆けだして行く。

「ほら、カイ。ついていかないでいいのか?」

 だがカイは椅子から立ち上がるそぶりすら見せない。

「……庭だし、大丈夫だろ」
「そんな適当に……一応護衛だろうが」
「なにがあった?」
「……え?」

 シルヴィエはカイの言葉にぎくりとした。

「やけに陽気じゃないか」
「そ、そんなこと……そう、この間私にアドバイスをくれただろう。それで……」
「嘘だ」

 カイの真っ直ぐな視線がシルヴィエを貫く。

「何を根拠に……」
「気付いてるか? 自分がどんだけいつもと違ってるか。言ってみろ」
「……カイには関係ないだろう」

 壁際に追い詰められたシルヴィエは、カイを睨み付けた。

「ほーう、長いこと旅してきた俺に関係ないとはね」
「ちょっと、どうするつもりだ!」

 カイは座った目をしてシルヴィエを肩に担ぎ上げた。

「離せっ、おい!」
「やーだね」
「こんのー……!」

 シルヴィエがその手のひらに魔力を集中させようとした時だった。
 突然、衝撃がシルヴィエの体を走った。臀部に。

「ギャン!?」
「悪い子はおしおきだ」
「何やってんだ、カイ! ……ギャン!」

 シルヴィエが抗議の声を上げると、もう一度カイはシルヴィエのおしりを叩いた。

「俺に言えないことってなんだよ!」
「話す! 話すから! もう止せ!!」

 シルヴィエが羞恥心に堪らずわめくと、カイの手が止まった。

「本当だな?」
「……ああ」

 そう答えると、カイはようやくシルヴィエを床に下ろした。

「聞かせてくれ」
「どうしてそんなに……」
「心配だからに決まってるだろ」

 なんでもないような口調で言うカイを見て、シルヴィエは安堵と諦めの入り交じったような気持ちになった。

「……終わった話だ」

 そうして、シルヴィエはポツポツとユリウスとのことを話し始めた。

「それで……王城の裏庭で毎週会うようになって……」
「好きに、なったのか」
「……うん」

 からかう訳でもない真面目なカイの口調に、シルヴィエは素直に頷いた。

「そっか……。てっきり封印紋になにかあったのかと」
「でも、もう終わりにするんだ。彼に私はふさわしくない……から」
「本当にそれでいいのか?」
「うん、沢山考えた」

 シルヴィエがそう言うと、カイの手がシルヴィエの髪をくしゃくしゃと撫でた。
 いつもなら怒るところだったが、なぜか今日はその手の温かさがなぜが心地良くてされるがままになっていた。

「ごめんな、無理に言わせて」
「ううん。なんかカイに言ったらスッキリした」
「なら……よかった。に、してもあのユリウスかぁ」
「面識あるのか?」
「こないだのパーティでちょっとだけ話した。いかにも優等生って感じだったな」
「……私にはそうでもない」
「そうなのか?」
「ああ、強引だし、すぐに拗ねるし……子供の時の方がよっぽど素直だった」

 シルヴィエがそう言うと、カイはふっと笑みを浮かべた。

「シルヴィエ、いい顔してるぞ」
「え?」
「いい恋をしたんだな」
「……」

 そう言われてシルヴィエは急に恥ずかしくなった。

「な、内緒にしてくれ」
「もちろん」

 いつも憎まれ口やからかい混じりのカイの口調は最後まで真面目で、シルヴィエは話して良かった。と思った。
 きっと、自分はこの生まれてすぐに終わってしまった恋を誰かに聞いて欲しかったんだと思った。

「カイは……ないのか?」
「ん?」
「カイは誰かを好きだったりしないのか」
「俺は……俺はいいよ。しばらくそういうのは」
「きっと居るぞ。その……カイはいい奴だから」
「うん……そうだといいな」

 カイの心の中心を占めているのはきっと失った家族。特に妹のことだろうとシルヴィエは知っている。
 その傷に寄り添ってくれる誰かが、カイにはきっと必要だ。シルヴィエはそう思った。

「その時は言ってくれ。私ばかり話してずるい」
「ははっ、本当だな」

 そうして少し心の安定を取り戻したシルヴィエは、立ち上がりロッドを手にした。

「じゃあ、帰る。生徒たちのことは頼んだ」
「ああ」
「……ありがとう」

 そう言い残して、シルヴィエは王城の広い庭通って自宅に向かって歩き出した。

「……」

 そしていつの間にか、シルヴィエは裏庭に来ていた。
 今日は約束の日ではない。だからユリウスはいないはず。
 ……なのに。
 そこにはユリウスが居て一人で本を読んでいた。

「なんで……」

 思わず漏れてしまった声に、ユリウスが振り向く。

「誰? そこに誰かいるのか」
「……!」

 シルヴィエは慌てて茂みにしゃがみこみ身を隠した。

「もしかして……リリー?」

 シルヴィエは今、幼女の姿だ。ここで見つかる訳にはいかない。

「……あれ、君は?」
「わっ」

 しかし見つかってしまったようだ。

「迷子かな?」
「いいえ、違います!」
「そうか。もうすぐ日も暮れるよ。気をつけて」
「はい!」

 ユリウスは小さな子に諭すように優しく声をかけた。
 シルヴィエだとは気付いていないみたいだ。

「ありがとうございました!」

 シルヴィエは内心、冷や汗をかきながらユリウスとから転がるようにして逃げ出した。

「ふう……心臓に悪い……」

 そうしてなんとか震える足で自宅に戻った。