幼女になった若返りの大聖女は孤高のぼっち研究三昧ライフを送りたい!!

 そして、週末がやってきた。
 だが、シルヴィエは特製魔法回復薬を机に出したまま難しい顔をしていた。

「お師匠様? どこかお出かけになるんでしょう? いいんですか、昼も近いですよ」
「ひゃっ……ああ、なんだエリンか」

 エリンにはユリウスとの秘密の会合のことは話していない。
 ただ街に出かけるとだけ言ってある。
 エリンはシルヴィエが決めたことにはめったなことで詮索したり意見したりということはない。

「い、いや。出かけるよ」

 シルヴィエはせき立てられるようにごくりと薬を飲み下した。
 途端、むずむずするような感覚とともに体が大きくなっていく。
 すっかり大人の姿になったシルヴィエはこほんと咳払いをしてポシェットを手に取った。

「では言ってくる」
「はい、いってらっしゃい」

 こうして決心がつかないまま、シルヴィエはあの待ち合わせの場所に向かった。

「リリー!」
「や……やあ」
「一週間が待ち遠しかった」

 シルヴィエの姿を見つけたユリウスは彼女にとろけるような微笑みを向けた。

「私は……忙しい一週間だった」
「そうなのかっ」

 そう言っただけで、ユリウスは顔をほころばせる。

「……なんだ」
「リリーが自分のことを話すのは珍しいから」
「そうか? ただ……旅に出ていただけだ」
「旅? どこに……あ、いやすまん」

 ユリウスはそう口にしてふるふるとかむりを振った。

「かまわん。フラン山岳地帯まで行って来た。……ほれ」

 シルヴィエはぐっと手を突き出した。

「……?」
「手を出せ」
「あ、ああ」

 恐る恐る手を出したユリウスのその手のひらに、シルヴィエがころりと何かを乗せた。

「あの……これは……サファイアか」

 それは小ぶりなから鮮やかな青のサファイヤだった。

「王族が身につけるには小さいが……」
「そんなことない。綺麗なスターが入っている。高価だったろう」
「値段はいいんだ。その……ユリウスの瞳に似てる気がして」

 シルヴィエがそう言った途端、視界が消えた。いや、正確には抱きついてきたユリウスで、シルヴィエの顔が覆われた。

「むぐ……」
「うれしい……うれしいよ、リリー」

 思いの外強く抱きしめられて、シルヴィエは身動きが取れなかった。
 その腕の逞しさと、ふわりと香るフレグランスと体臭の混じった香りにシルヴィエの頭は沸騰しそうになった。

「ユリウス……ユリウス!」

 シルヴィエの咎めるような声に、逆にユリウスの腕の力は強くなった。

「しばらく……このままでいさせて。お願いリリー……」
「……」

 ユリウスは絞り出すようにそう言って、首を振る。

「ちょっとだけ、だ」
「うん……」

 シルヴィエがそう言うと、ユリウスはほっとしたのか手を少し緩めた。
 そうしてしばらく、シルヴィエはユリウスの温かい腕の中でじっとしながら過ごした。
 
「そ、そろそろ離して……」
「あ、うん」

 ぎこちなくユリウスの手がシルヴィエから離れる。

「ごめん、でも……あの……うれしくて」
「ああ」
「これ、大事にする」
「そ、そうしてくれ」

 シルヴィエは赤い顔を見られたくなくて、俯いた。
 その横でユリウスは貰ったサファイアの裸石を日にかざして見つめている。

「いつまで見てる。私は腹が減ったから帰るぞ」
「え、待って。それならまた街に出よう」
「……仕方ない。行くか」
「! ああ」

 いつまでも残っているようなユリウスの腕の感触を振り払うように、シルヴィエはユリウスを連れて王城から抜け出した。



「お帰りなさい、お師匠様。遅かったですね」
「うん……」
「どうしました?」
「いや……少し休む。夕食の時間になったら教えてくれ」
「ええ、わかりました」

 帰宅したシルヴィエは妙な疲労感と一緒に、部屋に籠もった。

「私は……」

 シルヴィエはどうしてユリウスに会いに行ってしまうのだろうと、またどうしようもなく考えこんでいた。
 もしも、会うのを止めたらユリウスは必死になって自分を探すのだろう。
 だけど、それはシルヴィエが二度と特製魔力回復薬を使わなければいいだけの話だ。
 そのうちにユリウスの興味もどこかにいくだろうし、それが理にかなった行動なのだとシルヴィエは思っている。
 だけど、そうできない。今日なんかはわざわざ旅の土産まで渡してしまった。

「……」

 ユリウスに抱きしめられた熱がまたシルヴィエの内側に蘇るような気がした。

「……なんだ」

 そして気が付けばシルヴィエは一筋の涙を流していた。

「そうか、ふふっ……はは……」

 そして自嘲気味に笑いだす。

「私はユリウスが好きなのか」

 リリーと仮の名を呟きながら熱っぽく見つめるあの青い瞳、そして逞しい胸板とごつごつとした男らしい手。
 真面目でいい子のただの子供から若木のように健やかに成長したあの青年に、自分は心奪われてしまったのだ、とシルヴィエはようやく認めた。
 すると、どこかストンと心の中のもやもやが落ちたような気がする。

「だとしても……ありえない……私なんて」

 シルヴィエは元は老女、普段は幼女、彼に会う時だけはあの姿になっている。自分は嘘だらけだ。
 そんな自分があの太陽のような青年に見合うはずがない、と。

「そう。……ユリウスは第一王子だもの。いずれふさわしい令嬢を娶らなくては」

 それでなくてもいずれ王となる彼に、自分はふさわしくないと思い、シルヴィエはようやく自覚した恋心に蓋をしようと思った。

「……さよなら、ユリウス。楽しかったよ」

 そう呟いて、シルヴィエは静かに涙を流した。