「うっわぁー!」
「エリン! そんなに身を乗り出したら落っこちるぞ!」
カイは危うげな様子で身を乗り出しているエリンを引っ張った。
「大丈夫! 飛行魔法がありますから」
「エリン、あんたはそれ苦手だろう。いいから大人しくしなさい」
「はーい」
今回シルヴィエが水晶竜を召喚したのは、魔法では飛べないカイと、飛行魔法の苦手なエリンの為だった。
以前のシルヴィエならば三人まとめてヴェンデリンの住処に飛行魔法で運ぶことなど容易だった。
だけどこの幼女の状態で同じことをして、岩山に落っことしたりしたら洒落にならない。
「さぁ、見えてきた。あそこだ」
シルヴィエが指差す先に、岩に同化するようにして家が建っているのが見える。
水晶竜はふわりとその近くに舞い降りた。
「こんなところに人が住んでるんですね」
驚き顔のエリンの横を、カイはすり抜けてドアを叩いた。
「もしもーし!」
しかし、反応はない。カイはもう一度、さらに強くドアを叩いた。
「もしもーし、もしも……」
するとバンッと音を立ててドアが開く。
「なんじゃ騒がしい! 聞こえ取るわい!」
そこにはしわしわで背の曲がった神経質そうな老人が立っていた。
「隠者ヴェンデリンか?」
カイがそう問いかけると、彼は機嫌の悪そうに眉根を寄せてカイを睨み付けた。
「人に聞くならまずお主が名乗れ」
「……確かにそうだ。俺はカイ。世間じゃ勇者なんて呼ばれてる。こっちはエリン。そして……」
「シルヴィエだ。久しいなヴェンデリン」
シルヴィエはカイに紹介される前にずいっと前に出た。
「シルヴィエ……?」
「手紙を寄越したろう。会いにきたぞ」
「はて、儂の知る賢者シルヴィエは……老人で孫も居ないはずじゃが……」
「その老人のシルヴィエだ。事情があってこんな姿になってしまった」
「なんと……」
ヴェンデリンはじーっとシルヴィエを見つめた。
「それはまた不思議な。しかし手紙のことを知ってるということは、あのシルヴィエなのかの」
「訳はこれから話す。中に入れてくれ」
「……分かった」
こうして、ようやく三人はヴェンデリンの家の中に通された。
そこはシルヴィエの書斎よりもさらにさらにごちゃごちゃしていて、得体の知れない道具や書籍などが溢れていた。
「めったに人なんかこんからの、なんのもてなしも出来ないぞ」
「そんなものは端から期待してないさ」
「うーん、まるでシルヴィエと話しているようだ」
「だ・か・ら! そのシルヴィエなんだって」
「おうおう」
ヴェンデリンはその辺のものを避けてようやく姿を現したソファに、三人に座るように勧めた。
「あれは牛頭鬼の骨格標本……? あの鉱石は何かしら」
周りを見渡して目をキラキラとさせるエリンに対して、カイはコホンと咳払いをしてぼやいた。
「ほこりっぽい……」
そんな二人には目もくれず、ヴェンデリンは前のめりになってちょこんと座っているシルヴィエに問いかけた。
「では、訳を話してくれるな」
「ああ。実は――」
こうしてシルヴィエは、ヴェンデリンに魔王討伐のこと、それから後、体が戻らないことを説明した。
「……と、言う訳だ」
「ふうむ」
「こんな症状は聞いたことが無い。似た事例は資料から見つけたが、それともどうも違うようだ。ヴェンデリン。隠者と呼ばれ、この岩山に籠もり智を探求する貴方なら、何かいい案が浮かぶのではないかと思い、はるばるここまで来たのだ」
そう言って、シルヴィエはヴェンデリンを見た。
「そうだのう……」
ヴェンデリンはしばらく考え込んだ。
シルヴィエ、そしてエリンとカイも固唾を飲んでその様子を見守っている。
「可能性として考えられるのは、その魔王を封印した封印紋の影響じゃな」
「一旦、封印したものから影響を……?」
「その封印にはシルヴィエの魔力を全力で注ぎ込んだと言ったな」
「ああ、死を覚悟するほどに」
「うむ……。それで果たして無事に封印出来たのかどうか」
「どうしてそう思う?」
シルヴィエは何故ヴェンデリンがそう言うのか不思議だった。
実際、目の前で魔王は封印に飲み込まれ、魔王の魔力によって統率されていた魔王軍はルベルニアの討伐軍に蹴散らされた。
だからこそ、封印は上手く行ったとシルヴィエも、周りの人間も認識していたのだが。
「魔王の封印については、古い文献にある方法しか知られていない。それを確かめた者などいなかった。つまり一種の賭けであったのよ」
ヴェンデリンは重い口を開いてそう言った。
「そんな……」
「世界の明暗を賭けて死地に赴くものに、そう言うことは出来なかったんじゃ。シルヴィエよ。貴女にも、だ」
「……だとしても私は行ったでしょう。望みがあるのなら」
「そうだな。賢者シルヴィエ、貴女はそういう人だ」
ずっとしかめ面をしていたヴェンデリンがふっと笑った。
「だからの、その姿になってしまったのは不完全な封印紋の影響ではないかと儂は思ったんじゃ」
「どんな影響だと言うんだ?」
「魔王を封印し続ける為に、封印紋に紐付いたシルヴィエの魔力がずっと流れ込んでいるのではないか、と。であればすぐに元に戻ってしまうことの説明もつかないか」
「なるほど……となれば」
シルヴィエはごくりとつばを飲み込んだ。
このことはシルヴィエが考えていたよりずっと大事なのかもしれない、と。
「そう、魔王の封印紋を完璧なものに出来れば、やがて元の姿に戻るだろう」
「それも賭けだな」
「ああ、しかもその方法を誰も知らない」
「それでも何か方法があるはずだ。それに……」
シルヴィエはヴェンデリンを見た。
分かっている、というように彼も頷く。
「ああ、貴女の魔力の供給が無くなれば、また魔王は復活してしまう。例えば……命を失うとか」
「縁起でもないことを言うな!」
その時、ずっと黙って話を聞いていたカイが立ち上がった。
「シルヴィエは……死んだりしない!」
「落ち着け、カイ。そりゃ、私の魔法を持ってすれば事故や怪我では死んだりしないかもしれない。でもな、人はいずれ死ぬ。生きて、老いて、死ぬ。それは自然の摂理だ」
「……あ」
「だがな、これで厄介なことが分かってしまった。いずれ私が死んだらまたこの世が混乱に陥るということだ」
シルヴィエはぐるりと三人を見渡す。
そしてこう宣言した。
「……なんとかして完璧な封印紋を完成させる方法を探す。この一生を賭けて」
「エリン! そんなに身を乗り出したら落っこちるぞ!」
カイは危うげな様子で身を乗り出しているエリンを引っ張った。
「大丈夫! 飛行魔法がありますから」
「エリン、あんたはそれ苦手だろう。いいから大人しくしなさい」
「はーい」
今回シルヴィエが水晶竜を召喚したのは、魔法では飛べないカイと、飛行魔法の苦手なエリンの為だった。
以前のシルヴィエならば三人まとめてヴェンデリンの住処に飛行魔法で運ぶことなど容易だった。
だけどこの幼女の状態で同じことをして、岩山に落っことしたりしたら洒落にならない。
「さぁ、見えてきた。あそこだ」
シルヴィエが指差す先に、岩に同化するようにして家が建っているのが見える。
水晶竜はふわりとその近くに舞い降りた。
「こんなところに人が住んでるんですね」
驚き顔のエリンの横を、カイはすり抜けてドアを叩いた。
「もしもーし!」
しかし、反応はない。カイはもう一度、さらに強くドアを叩いた。
「もしもーし、もしも……」
するとバンッと音を立ててドアが開く。
「なんじゃ騒がしい! 聞こえ取るわい!」
そこにはしわしわで背の曲がった神経質そうな老人が立っていた。
「隠者ヴェンデリンか?」
カイがそう問いかけると、彼は機嫌の悪そうに眉根を寄せてカイを睨み付けた。
「人に聞くならまずお主が名乗れ」
「……確かにそうだ。俺はカイ。世間じゃ勇者なんて呼ばれてる。こっちはエリン。そして……」
「シルヴィエだ。久しいなヴェンデリン」
シルヴィエはカイに紹介される前にずいっと前に出た。
「シルヴィエ……?」
「手紙を寄越したろう。会いにきたぞ」
「はて、儂の知る賢者シルヴィエは……老人で孫も居ないはずじゃが……」
「その老人のシルヴィエだ。事情があってこんな姿になってしまった」
「なんと……」
ヴェンデリンはじーっとシルヴィエを見つめた。
「それはまた不思議な。しかし手紙のことを知ってるということは、あのシルヴィエなのかの」
「訳はこれから話す。中に入れてくれ」
「……分かった」
こうして、ようやく三人はヴェンデリンの家の中に通された。
そこはシルヴィエの書斎よりもさらにさらにごちゃごちゃしていて、得体の知れない道具や書籍などが溢れていた。
「めったに人なんかこんからの、なんのもてなしも出来ないぞ」
「そんなものは端から期待してないさ」
「うーん、まるでシルヴィエと話しているようだ」
「だ・か・ら! そのシルヴィエなんだって」
「おうおう」
ヴェンデリンはその辺のものを避けてようやく姿を現したソファに、三人に座るように勧めた。
「あれは牛頭鬼の骨格標本……? あの鉱石は何かしら」
周りを見渡して目をキラキラとさせるエリンに対して、カイはコホンと咳払いをしてぼやいた。
「ほこりっぽい……」
そんな二人には目もくれず、ヴェンデリンは前のめりになってちょこんと座っているシルヴィエに問いかけた。
「では、訳を話してくれるな」
「ああ。実は――」
こうしてシルヴィエは、ヴェンデリンに魔王討伐のこと、それから後、体が戻らないことを説明した。
「……と、言う訳だ」
「ふうむ」
「こんな症状は聞いたことが無い。似た事例は資料から見つけたが、それともどうも違うようだ。ヴェンデリン。隠者と呼ばれ、この岩山に籠もり智を探求する貴方なら、何かいい案が浮かぶのではないかと思い、はるばるここまで来たのだ」
そう言って、シルヴィエはヴェンデリンを見た。
「そうだのう……」
ヴェンデリンはしばらく考え込んだ。
シルヴィエ、そしてエリンとカイも固唾を飲んでその様子を見守っている。
「可能性として考えられるのは、その魔王を封印した封印紋の影響じゃな」
「一旦、封印したものから影響を……?」
「その封印にはシルヴィエの魔力を全力で注ぎ込んだと言ったな」
「ああ、死を覚悟するほどに」
「うむ……。それで果たして無事に封印出来たのかどうか」
「どうしてそう思う?」
シルヴィエは何故ヴェンデリンがそう言うのか不思議だった。
実際、目の前で魔王は封印に飲み込まれ、魔王の魔力によって統率されていた魔王軍はルベルニアの討伐軍に蹴散らされた。
だからこそ、封印は上手く行ったとシルヴィエも、周りの人間も認識していたのだが。
「魔王の封印については、古い文献にある方法しか知られていない。それを確かめた者などいなかった。つまり一種の賭けであったのよ」
ヴェンデリンは重い口を開いてそう言った。
「そんな……」
「世界の明暗を賭けて死地に赴くものに、そう言うことは出来なかったんじゃ。シルヴィエよ。貴女にも、だ」
「……だとしても私は行ったでしょう。望みがあるのなら」
「そうだな。賢者シルヴィエ、貴女はそういう人だ」
ずっとしかめ面をしていたヴェンデリンがふっと笑った。
「だからの、その姿になってしまったのは不完全な封印紋の影響ではないかと儂は思ったんじゃ」
「どんな影響だと言うんだ?」
「魔王を封印し続ける為に、封印紋に紐付いたシルヴィエの魔力がずっと流れ込んでいるのではないか、と。であればすぐに元に戻ってしまうことの説明もつかないか」
「なるほど……となれば」
シルヴィエはごくりとつばを飲み込んだ。
このことはシルヴィエが考えていたよりずっと大事なのかもしれない、と。
「そう、魔王の封印紋を完璧なものに出来れば、やがて元の姿に戻るだろう」
「それも賭けだな」
「ああ、しかもその方法を誰も知らない」
「それでも何か方法があるはずだ。それに……」
シルヴィエはヴェンデリンを見た。
分かっている、というように彼も頷く。
「ああ、貴女の魔力の供給が無くなれば、また魔王は復活してしまう。例えば……命を失うとか」
「縁起でもないことを言うな!」
その時、ずっと黙って話を聞いていたカイが立ち上がった。
「シルヴィエは……死んだりしない!」
「落ち着け、カイ。そりゃ、私の魔法を持ってすれば事故や怪我では死んだりしないかもしれない。でもな、人はいずれ死ぬ。生きて、老いて、死ぬ。それは自然の摂理だ」
「……あ」
「だがな、これで厄介なことが分かってしまった。いずれ私が死んだらまたこの世が混乱に陥るということだ」
シルヴィエはぐるりと三人を見渡す。
そしてこう宣言した。
「……なんとかして完璧な封印紋を完成させる方法を探す。この一生を賭けて」
