少し昔、ある真夏の夕刻前のこと。

 畑の真ん中に、真っ黒を着た誰かが立っている。
 作物のたくさん実っている畑だ。泥棒が出ても不思議はない。

「泥棒か??ここはじいちゃんの畑だ、入んでねえ!」

 祖父の畑の様子を見に来たサキは、近づいて行き相手をよく見た。

 相手は若い男だった。
 上質な墨を流したように真っ黒な着物、真っ黒な髪に真っ黒な目。

「カラスか??おらカラスは嫌だ!!畑荒らすからな!…笑うな!」

 精一杯の威勢で若い男を睨み付ける。
 しかし、相手は楽しげに笑っていた。

「威勢のいい娘だ、めんこいめんこい」

「う…っ、そんなでごまかせると思ってるのかっ!」

 威勢を張るサキとは対称に、男は平然と返した。

「作物があまりに美味そうなんでな、恩恵をあずかりたいと思ってだ」

「だ、だめだ!ただではやれねえ!じいちゃんが苦労して、丹精込めて作った野菜だ!!なんかと交換だ!」

 サキはそう言うと、両手をビッと突き出した。

「…それもそうだ、何かやろう。…これでどうだ?」

 男はどこから取り出したのか、いつの間にか手にしていた光るものをサキに見せた。

「…きれい…」

 美しく磨かれた、赤く透明な小さな玉。
 夕陽に照らされた、彼の目にも似ている気がした。

「なんだ、これで大人しくなるか。これなら少し貰えるな?」

 男は嬉しそうに笑った。

「う、うん…。…次からも盗むなっ!次来ても、何かと交換だ!」

「分かった分かった」

 男にいくつかの野菜を渡すと、

「じゃあな」

と言って、ひょうひょうと去って行った。


 サキが畑から帰ると、祖父はすまなそうに言った。

「サキ、じいちゃんの代わりに畑見てきてもらって、悪かったな。夜通し俺の看病までした後なのにだ…。なんか変わりは無かったか?」

 サキは落ち込んだ。
 美しいものだと思ったはいえ、価値の分からないものと、祖父の丹精込めた野菜を無断で取り替えたのだ。

 サキも申し訳なく思いながら打ち明けた。

「…じいちゃんの野菜、くれって人がいて、一、二個売りものにならないのをやってしまった。代わりに、これ…」

 サキが祖父に、男からもらった赤い玉を見せると、祖父は少し唸った。

「…珍しいもんだな…俺も今まで見たこともねぇ…。価値は分からねぇが、お前がもらったならとっておけ」

 サキの気持ちはスッと軽くなった。

「ありがとう、じいちゃん…!」