「なんで笑うんだよっ」

 思わず拗ねたように文句を言ってしまう。

『こんな自信なさそうな遼ちゃんじゃ、パパは無理かなぁって思って』
「……美輪は、余裕ありそうだね」
『余裕なんかないよぉ』

 少し疲れたような、優しい美輪の声が、俺の耳から俺自身に染み込んでくる。

『余裕はないけど、もう、お母さんだから』

 その言葉に、息を吞む。

『あの子のためにも、がんばんないとさ』

 美輪のほうが、先に『親』になっている。そのことに、胸が痛くなる。

『……会いたい?』
「会いたいよ。美輪にも。あの子にも」

 ああ、泣きそうだ。
 右手で涙を抑え込もうとした。本当はこの手で美輪を抱きしめたいのに。

「あー、帰りてぇ」
『ダメ』
「なんでー」
『寺沢さんと約束したの』
「あー、あのクソオヤジ、美輪に何言ったんだよ」

 思わずベッドから身体を起こして、美輪にくいつくように言った。

『んー? 生まれるまでは内緒にしとくようにって』

 ……はぁ!?

「な、なんでっ」
『だって、知ったら帰ってきちゃうでしょ?』
「いや、それだって、美輪が一人とか心配だし」
『一人じゃない』

 美輪の力強い声に、声が出なくなる。

『一人じゃなかったよ。ちゃんと、うちの家族も、遼ちゃんのご両親も、会社の先輩だっていたし』
「……美輪」
『本当は、もうちょっと後に連絡するつもりだったんだけどなぁ。あの子の名前決めてから、とか』
「なんだよ、それ」

 なんだか悔しくなった。俺、一応、父親、だよな?

『えー、だって、私がんばったんだから、名前くらい私が決めてもいいでしょー』
「おいおい、そこじゃないだろ?」
『えー?』

 なんか、子ども産まれて、キャラクター変わってないか?

「そういや、なんで、二週間近く連絡できなかったんだよ」
『あー、入院してたから?』
「な、なんで」
『んー、まぁ、ちょっと調子がね。悪かったっていうか。念のため、早めに病院にいるように、みたいな?』

 すごく、誤魔化されてる気がする。すごーく、誤魔化されてる気がするが、美輪なりに、心配させないように言ってるのも伝わってくる。

「はぁ……まぁ、いいや。二人が無事なら」

 俺も、たいがい、甘いヤツだなって思った。

『でね。名前なんだけど』
「美輪が決めるんだろ?」
『うん。あのね。ミドリっていうのは、どうかなって。王様の『王』に、ホワイトの『白』、下に『石』って書いて『碧』』
「なんで、『碧』?」
『んー、思いつき?』
「プッ、なんだよ、それ」
『この子の顔見てたら、ミドリって音が頭に浮かんだの。で、ミドリって漢字を調べたらね。この文字が一番、心に残ったから。青緑の綺麗な石みたいで。そうそう、エメラルドみたいな? すごく綺麗な』

 ふと、今朝、アリシアの綺麗なエメラルドグリーンの瞳を見たのを思い出した。
 もしかして、俺たちって、すげー、繋がってる?
 そう、思えた。