無言の優しい時間が流れていく。

「簡単なので、ごめんね」

 キッチンから振り返ると、じっと見つめる彼と目があった。

「よしっ」

 そう言ってニヤっとした遼ちゃんがテーブルにつく。
 素麺を無言で食べる私たち。
 でも、嫌じゃないんだよ。この空気感。

「あ」

 食べている途中で思い出す。ずっと忘れてた。遼ちゃんの誕生日プレゼント。
 いつもタイミングが合わなかったから、部屋のオブジェと化していた。

「もう、今さらなんだけど」

 そう言いながら、小さな箱を渡した。

「何?」

「あー、三か月遅れの誕生日プレゼント?」

 苦笑いしか出てこない。

「なんか、ずっとタイミング悪くて。」

 予想外のプレゼントに、彼の笑顔が広がる。

「開けて、いい?」
「うん。ちょっと趣味じゃなかったら、ごめん」

 鼻歌まじりに、包みを開けている姿が、まるで子供のようで。

「わ。ちょっと、いいじゃん、これ。」

 今日みたいにシンプルな黒Tシャツに細身の黒のパンツには、オニキスのブレスレットは合うかもしれない。

「じゃーん、どう? 似合う?」

 こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くに渡せばよかった。

「これ、大事にするね」

 ブレスレットを撫でながら、優しく微笑むから、私もつられて笑顔になる。

「それじゃあ、僕からもプレゼント」

 斜め掛けのバックから取り出した、小さな箱。

「開けてみて」

 中には、一粒ダイヤがはめ込まれた二つのイエローゴールドのリング。

「美輪は、こっち」

 小さいほうのリングを持って、左の薬指に。サイズぴったり。

「え?」
「こっちは僕の」

 同じように左の薬指にはめて、「ほらっ!」と私に見せた。

「こ、これって」
「婚約指輪、って言ったらどうする?」

 再びいたずらっ子のような顔で見るから、本気とは思えなくて。

「遼ちゃん……よくサイズわかったね」

 困った顔しかできない。

「前に、美輪が寝ている時に調べた」

 反対に得意げな顔の遼ちゃん。

「ふふふ。でも、それくらいの気持ちはあるよ。ただ、美輪は、まだ、不安だろうけど」
「……うん。だって、遼ちゃん、まだ二十二歳だよ? これからだって、何があるかわからないし」

 そう、何があるかわからないから。
 私なんかより、もっといい女性《ひと》と出会うかもしれないから。
 こんなことで縛られて欲しくない。
 でも、私の中のもう一人の私は、縛りつけたくて仕方がない。

「いいんだよ。僕が、美輪さんを束縛したいんだ。そりゃね。吾郎さんとの約束みたいに、まだちゃんと守れてないけど」

 後半は、何かぼそぼそと言っていたけれど、指輪を見つめてた私には届かなかった。

「ケーキ、食べようか?」

 急に話題を変えた遼ちゃんに、なんとなく違和感を覚えたのは、私の女の感?
 ここであえて、『何かあったの?』と、聞くべきなのか。

「コテコテのショートケーキ~♪」

 ニコニコしながら、ケーキを取り出している彼を見ると、今の幸せな空気を壊したくなくて、喉元まででそうだった問いかけを飲み込んだ。

「遼ちゃん。その指輪、仕事の時ははずしなよ?」

 余計な心配かもしれないけど。

「まぁね。事務所的にはアウトだろうね。普段は、チェーンに通して首に下げるよ。でも。美輪は、ちゃんとつけなきゃダメ」

 じろっと睨んでも、怖くないよ。そんなにやけた顔してたら。

「その代わり、このブレスレットは、ずっとつけてるから」

 今度は、私の方がにやけてしまうようなことを言う。
 きっと、今の甘々な二人を見たら、一馬は吐き気をもよおすかもしれない。

「久しぶりに、泊まってもいい?」
「遼ちゃんがいいなら」
「ん。『僕』もプレゼントの一つだから」


 そして、甘々な夜は更けていく。