「て、寺沢さんっ、どういうことです!?」

 この状況に、段々と血の気が引いていく私。

「とりあえず、コーヒー飲みましょうか。ね」

 病室に行きたい気持ちのほうが強いけど、寺沢さんの言葉が、そんな行動を戒めているかのようだ。

「実は、今日の撮影の現場に兵頭 乃蒼もいたんですよ。まぁ、撮影スタジオは別だったんですが、わざわざ、遼くんに挨拶しに来てくれたんです」

 ずずずっとコーヒーをすする、寺沢さん。

「それで、遼くんのいるスタジオに移動する通路に、大きな鉄パイプが何本か立てかけてあったんです。何に使うつもりだったかは知りませんけど。それがなぜか、倒れてきたんですよ。兵頭さんのほうにね」

 立ったままの寺沢さんは、ずっと目線は足元を見ていた。

「そこに運がいいのか、悪いのか。遼くんが通りかかっていて、彼女をかばってケガをしたってわけです」
「でも、なんで警察?」
「警察なんていいましたっけ?」

 寺沢さんはとぼけてみせるけど、私も一馬も、そこまで鈍感じゃない。二人でジッと寺沢さんを見つめる。

「……まぁ、詳しいことは遼くんにでも聞いてください。彼らとは話ができているようなんで、神崎さんとも話できるでしょう」

 そろそろいきますか、と言って、遼ちゃんの病室に向かう寺沢さんの後を追いかける。

「遼くん、入るよ」

 白いカーテンを開ける寺沢さん。
 私と一馬は、彼の後から病室に入ろうとしたのに、寺沢さんは、固まったかのように動かない。

「寺沢さん?」

 ハッとして振り返った寺沢さん。
 何かある、って思ったのは女の感。
 寺沢さんの脇をすり抜けて病室に入り込んで見たのは、ベットに横になってい目を閉じている遼ちゃんと、彼に寄り添うようにシクシクと泣く女性の背中。艶やかな黒髪と、透けるような白い肌だけで、彼女が誰なのかわかってしまった。

 兵頭 乃蒼

 ――いつの間に来たの。
 ――なんでいるの。
 ――どうして、そこにいるの。

 もう、頭の中が真っ白で。言葉も出てこない。
 遼ちゃんと兵頭 乃蒼の背中を何度も視線が往復して、いつの間にかに、ふらっと部屋から出てしまっていた。
 なんか、声をかけられた気がしたけど、音がない世界に私はいた。

 目の前はぼやけていて、現実感が全然なくて、人が勝手に流れていく。その中を流れに逆らうように歩く私。
 気が付くと、病院の近くの神社にいた。
 そして、私のそばには一馬がいた。

「あ……」
「少しは、落ち着いた?」

 心配そうに覗きこむ一馬。

「あ、うん」
「まぁ、俺もちょっと驚いたけどね。でも、あの二人、前科あるし。遼ちゃん信じてるんだったら、ちょっと冷静になれば?」

 突然、蝉の鳴き声が、落ちてきた。今までの、何かに包まれていた無音の世界から、ようやくその膜から抜け出たような気がした。

「戻ろう。ちゃんと、遼ちゃんと話しなきゃだめだよ」
「……一緒にいてくれる?」
「うん」

 二人で病室の前に来た。
 扉は閉められていた。
 でも。それを自分で開ける勇気がなくて、一馬がノックしてから、すっと開けて中に入っていった。カーテンは相変わらず閉まったまま。

「遼ちゃん、起きてる?」

 そういいながら一馬がカーテンを開けた。
 一馬の後ろからのぞくと、身体を起こして雑誌を持った遼ちゃんの姿が見えた。

「ああ、一馬、戻ってきたのか。……それに美輪も。」

 ふんわりと優しく微笑む遼ちゃんは、まだ少し青ざめていて、頭に巻かれた包帯が痛々しい。

「なんだ。記憶喪失とかにはなってないのか。」
「なんだよ、それ」

 クスクス笑いながら、雑誌を閉じて脇の小さなテーブルに置いた。

「頭打ったんだろ?」
「そんな、ドラマみたいなことが早々起こるわけないだろう」

 一馬にニヤニヤ笑いかけながら、後ろの私に視線を移したまま、言葉を続ける。

「一馬、ちょっと二人きりにしてもらえるかな」
「ああ。ちゃんと話し合えよ」

 そして、二人きりになった。

「そこ、座って」

 優しい微笑みのまま、ベッドのそばの椅子を指す。
 私の方は、そんな笑うなんていう余裕はない。

「頭、痛くない?」

 痛々しい包帯に視線を向ける。どうしたって、笑顔というよりも泣くのを我慢しているような顔になってしまう。

「まだ、少し痛いかな」

 そういいながら、私の手を包帯をした右手でゆっくりと撫で始めた。

「心配だった?」
「当たり前でしょ」
「ふふ。ちょっと嬉しい」
「……笑えないから」

 やっぱりだめ。涙がポロポロと落ちてしまう。彼の包帯に涙が吸い込まれる。

「……うっ、て、寺沢さんは?」
「兵頭さんを送ってった」
「……そう」

 今は、その名前だけで、胸に痛みが走る。

「仕事、大丈夫?」
「せ、先輩たちがいるから」
「そっか」

 優しい笑顔を変えずに、じっと見つめる遼ちゃん。

「僕に、聞きたいことがあるんでしょ?」

 彼の声が、私の弱虫の心を優しく撫でる。