部屋の中に、コーヒーの香りが充満してくる。
 マグカップを棚から出して、コーヒーが出来上がるのを待つ。遼ちゃんも、私の背後から動かない。

「僕、しばらくこっちのマンションにいようかな」
「あの部屋?」

 借りるだけ借りて、最近はほとんど来ていなかったらしい。

「うん、どうせ実家のほうには、記者とかがいるし」

 私としては会える時間がなくても近くにいてくれるだけで、安心ではあるけど。
 マグカップにコーヒーを注ぎ、温めたミルクを多めにいれる。

「本当は、美輪さんと一緒がいいけどね」

 さっきまでの捨てられた子犬のような顔から一変、目付きが獲物を狙うネコ科の生き物のように変わる。そんな遼ちゃんに、ドキッとする。

「……ここ、二人で生活するには狭いと思うよ?」

 思わず、視線から逃れるように、部屋の中を見回してしまう。

「もうっ。そんなのわかってるって」
「フフ。はい、コーヒー」

 拗ねたような顔で、差し出したマグカップを受け取る遼ちゃん。その熱をありがたがっているように見える。
 しばらくは無言の時間。
 青ざめたような顔から、少し頬に赤みがさしたように見える。

「私、信じてるから」

 マグカップを見つめながらつぶやく。

「大丈夫」

 自分に言い聞かせるように、つぶやく。

「美輪さん……」

 切なそうな声に、ふと顔をあげると、目の前に遼ちゃんの大きな瞳、そして、優しく唇を重ねた。

 遼ちゃんとの二度目の夜。お互いの存在を確かめ合うように、短い夜があっという間に過ぎていく。

              *   *   *

 目をあけると、そこには優しい顔をして見つめる彼がいた。 啄むようにキスをして、顔をそっとなでる彼は、本当に私の王子様だ。

「美輪さん、おはよ」

 今朝は一緒にいてくれるんだ。それだけで、ほっとする。

「ん、おはよ」

 今日は、雑誌の発売日。心の準備はできてても、自分がどれだけ耐えられるか、不安になる。思わず、彼の胸に顔をうずめる。そんな私の不安がわかるのか、何もいわずに抱きしめてくれる。

「ねぇ、遼ちゃん」
「ん?」
「さん、つけるの、やめない?」

 実は、ずっと気になってたこと。つい上目遣いで、言ってしまった。

「……今さら?」

 ニヤっと笑った遼ちゃんは、いたずらっ子みたい。

「うん……なんか、年上なの意識しちゃう」
「気にしなくてもいいけど。実際、年上だし?」

 意地悪な顔でいう遼ちゃん。

「じゃあ、美輪」

 初めて名前だけで呼ばれて、ドキっとした。

「ちゃんと、返事して? み~わ?」

 クスクス笑う遼ちゃんに、顔を赤くするしかない私。

「か~わい~。フフ」

 ぎゅっと抱きしめられた私は、幸せをかみしめた。これからくるだろう、不安と戦うために。