本城さんが言ったとおり、お腹が少し膨らんだおかげで、少しだけ不安感が減った気がする。再び、スマホを見る。やっぱり連絡はない。

 忙しいのかな。
 それとも、私から連絡くるの待ってる?

 悶々と悩みながら、マンションに戻ると、玄関に人影。

 ――遼ちゃんだ。

 立ち姿だけでわかる。いつものようにカジュアルな感じ。短めのダッフルコートにパーカー、黒いパンツが足の長さを強調させる。キャップにマスクと、怪しい人感満載だけど。玄関のドアに、背中をあずけながら、ぼーっと立っている姿が、とても弱弱しく見えた。

「……遼ちゃん」

 ぽつんと小さくつぶやいた私の声に気付いた遼ちゃん。私を見るその瞳は、捨てられた子犬のようで、テレビで見るいつもの強気な光はなくて、私は無意識に足早に玄関に近づいた。

「美輪さん、ごめん」
「とりあえず、入って」
「……うん」

 うなだれたまま、ドアを開けた私のあとについてくる。

「仕事は大丈夫なの?」

 玄関に立ち続ける遼ちゃんをそのままに、私はコートを脱いだ。ジャケットも脱いで、備え付けのクロークに入れる。

「……うん。」

 玄関に立ち尽くす遼ちゃん。

「コーヒーでも飲んでく? こんな時間だけど」

 気が付けば、もうすぐ日付が変わる。

「あがってもいいの?」

 まるで、怒られるかもしれないと、おどおどした子供みたい。

「帰りたいの?」

 自分にとっても両刃の剣。わかってても、言いたくなるのを我慢できない。

「違うよっ。」

 いきなり、背中から抱きしめられた。

「違うよ……」

 遼ちゃんの匂いが、私をからめとる。そんなこと、遼ちゃんは知らない。

「……コーヒー入れるね」

 彼の腕の中から逃れる私。
 ほぼ一か月ぶりに会った遼ちゃんは、ドラマの撮影の影響なのか、少し精悍な顔つきになったように思う。

「寺沢さんから、連絡いったよね」
「うん」

 冷蔵庫にあったミルク。少しだけミルクパンにいれて温める。こんな時間は、ブラックじゃなくて、ミルクたっぷりのほうがいい。

「こんなことになって、ごめん」
「……ん」
「でも、前にも言ったけど、本当になんでもないんだからね」
「……」
「色々事情があって、今は言えないけど……」
「……ん」

 これが演技だったら、彼はアカデミー賞もらえるかもしれない。そんなことを思ったら、口元が緩む。

「美輪さん、そこは笑うとこ?」

 不思議そうな顔をする遼ちゃんが、可愛すぎる。

「フフ、なんだろうね。遼ちゃんだったら、騙されてもいいかって思っちゃった」
「騙してないっ!」

 いつになく、本気で怒られて、思わずビクッとしてしまった。

「あっ、ご、ごめん。声、でかかったね。」
「う、うん。こっちこそ、ごめん」

 コーヒーメーカーのコポコポいう音が、静かな部屋に響く。