廊下でエレベータがくるのを待っていると、本城さんも帰る格好でフロアから出てきた。

「神崎さん!」
「あ。いいんですか? 仕事?」
「いいの、いいの。私も女子だし~」

 ね? と、いつもの厳しい顔と正反対の、優しい笑顔。

「ご飯でも食べてく?」
「あ、今日は疲れたので……」
「んー、そのままだと、何も食べないで寝そう」

 じとっとした目で見られると、嫌だとは言えず。

「ん、大丈夫、知り合いのお店で軽く食べるだけだから。もう、こんな時間だしね」

 スマホの時間を見ると、ニ十二時を回ってた。遼ちゃんからの連絡はない。

「……はい」

 その店は、会社からほど近くにある雑居ビルの地下一階にあった。こんなとこに? と、ちょっと不思議に思いながら、本城さんについていく。

「笠原には内緒ね。ここ、私の秘密基地だから」

 ウィンクしながら話す本城さんが、いつもより可愛らしく見えた。

「こんばんわ」

 店内に入ると、カウンターの中の和服の女性と、板前さんの白い服を着た男性が、同時に「いらっしゃい」とにこやかに出迎えてくれた。店内は、奥のほうの四人席が埋まってるだけ。

「カウンターで、いい?」
「は、はい」

 こんなお店があったんだ、と、キョロキョロ見回す。

「本城さんが、一人じゃないの、珍しいですね」

 ニコニコと優しい笑顔の女将さん。

「ですね」

 苦笑いの本城さん。本当に秘密基地なんだ。

「もう、こんな時間なんで、軽めにいただけるものをお願いしたくて」
「そうねぇ……にゅうめんとか、どうかしら?」
「あ、じゃあ、それで。」

 本城さん、馴染んでるなぁ、と思いながら見てると、女将さんがお茶を出してくれた。

「本城さん、ビールとかじゃなくていいんですか?」
「ん、ここではお酒飲まないんだ」

 熱めのお茶を、ふーふーと冷ましながら飲む。

「なんでです?」
「特別な理由はないけど……いつも、ご飯食べにきてるだけだから?」
「?」
「私、基本、お酒飲まないの。本当は」
「え?でも、飲み会では、けっこう飲みますよね?」
「そりゃ、つきあいだもの。そういう時は飲むけど、プライベートでは、ほとんど飲まないよ。一人で飲んでも楽しくないし。ここは、いつも一人でくるから」

 そうなんだ……と思っていると、すぐに、にゅうめんが出てきた。薄い色のお出汁に、ネギがたっぷり。鶏肉とふわふわの卵、生姜が効いてて、身体が温まる。

「何があったか知らないけどさ」

にゅうめんを食べながら、ぼそっと話し出す本城さん。

「お腹空かして、身体冷やすと、ろくな事考えないから。これ、私の経験談」

 ニッと笑ってる彼女にも、それなりに何かがあるんだろうな、と思った瞬間だった。それ以上、何も聞いてこなかった本城さんに感謝しつつ、完食。

「いつでも、夕ご飯食べにきてね」

 女将さんにそう言われ、本当に残業の時、食べて帰ろうと思った。

「本城さん、ありがとうございました」
「ん。また明日ね」

 にっこりと笑って去っていく本城さん。颯爽としていて、カッコイイなぁ、と思った瞬間だった。