遼ちゃんの手の温もりに、胸の奥がキュンとなる。

「いいんだ。嫉妬して。ヤキモチやいて。僕だって美輪さんと一緒にいる会社の先輩に、いつもヤキモチやいてるもの。羨ましいって」

 優しく、諭すように言う彼は、本当に私より年下なんだろうか。

「作品だって、無理して見なくていい。あれは、僕であって僕じゃない。美輪さんの前にいる時が、本当の僕だ。本当の僕だけ見て」

 一瞬、すっと暗い目をした彼。

「たぶん、これからも、美輪さんが不安になるようなことが起こるかもしれない。でも、僕を信じてほしいんだ」
「……信じたいよ」

 ふいに、目の奥が熱くなった。あ、だめだ。ここ、泣くとこじゃない。目を閉じて、深呼吸。背中がふいに熱を帯びた。

「えっ?」

 目の前に座っていたはずの遼ちゃんが、いつの間にか背後から抱きしめていた。

「美輪さん、いいんだ。泣いても。我慢しないで」

 耳元で囁く遼ちゃんの声は、魔法の声だ。不安の涙が、とめどなく流れ、心の中の黒い思いを洗い流した。遼ちゃんの温もりが、少しずつ、少しずつ、私の心も温めてくれたけれど。

「美輪さん、僕、そろそろ帰るよ。」

 すっと背中に冷気が入り込む。遼ちゃんが離れてく。
 なんでだろう。今までなら、こんなに寂しくは感じなかったのに、この冷たさが、無性に寂しくさせる。
 ギュッと自分で自分の身体をだきしめても、この寂しさが止まらない。

「り、遼ちゃん」
「何?」
「わがまま言ってもいい?」
「うん」
「……帰らないで」

 ……ああ、言ってしまった。
 遼ちゃんのスケジュールとか、大人の私なら、考えなきゃいけないのに。頑張れば、この寂しさなんか、我慢できるかもしれないのに。
 もう、自分の愚かさが恥ずかしすぎる。
 耳まで真っ赤になっている自覚あり。

「あ、や、やっぱり、いい。ごめん、ごっ……!?」

 ふんわりと、温もりが戻ってきた。

「……いいの?」

 耳元で囁く遼ちゃんの声。やばい。顔があげられない。

「美輪さん、僕は……かまわないよ」

 何か言わなきゃって思うのに、言葉が出てこない。

「無言は、いいって思っていいんだよね?」

 ゆっくりと振り向くと、優しく微笑む遼ちゃん。

「わ、私のほうこそ……本当にいいの?」

 彼の細い指が、私の唇に触れた。ゆっくりと、唇の端をなぞっていく。

「だめ。そんなこと言っちゃ」

 小鳥のようについばむキスが降ってきた。キスの一つ一つが、私に『自信』という名の力を注ぎ込むように。

「美輪さん」

 彼の瞳には、絶対、魔法の力があるに違いない。
 心も体も、その瞳に縛られて、彼のことしか、見えない。

                  * * *

 私のわがままにつきあってくれた遼ちゃんは、とても優しくて、初めての恐怖も、甘い時間で溶かしてくれた。年下なのに、経験値の差? って思ったけど、それでも、遼ちゃんでよかったって思った。

 まだ、外は少し薄暗い中、身体の奥の痛みを感じながら、ベットから、けだるい身を起こす。
 ベットの横にはすでに着替え終わった遼ちゃんが、頬杖つきながら私の顔を見ていた。

「おはよ」

 極上の笑顔。

「お、おはよう」

 やばい。まともに顔、見られません。

「だーめ。ちゃんと、僕、見て?」

 何もまとっていない肩を、両手でつかむから、隠してた胸元の羽根布団が、ぽろっと落ちた。

「キャッ!」

 私の胸元に視線を落とした遼ちゃん。

「もう。美味しそうなんだから」
「……っん!?」

 すうっと鎖骨の下に舌をはわせ、優しく口づけをした。

「美輪さんの白い肌、吸い付くようで……離したくないなぁ」

 ぎゅっと抱きしめ、下から見上げる彼の瞳は、艶めかしい。

「あーあ、仕事行きたくないなぁ」
「っんあ」

 背中をなぞる彼の指に、徐々に私の身体の細胞が、ゆり起こされていくようで、流されそうになる。

「り、遼ちゃん、だめだってば」
「ふん……行くよ。このままじゃ、本当にもう一度シたくなる」

 耳元で言わないで。私も離れがたくなるから。

「じゃあ、またね。鍵、ちゃんとしてね」

 颯爽と玄関から出て行く王子の背中を見送る私。
 ついに、イタしてしまったことに、今更ながら恥ずかしさに布団に顔を埋めてしまったのだった。