遼ちゃんが、私の部屋にきたのは、もう少しで日付が変わる頃。いつものラフな格好で、神妙な面持ちで、部屋に入ってきた。

「……とりあえず、座って」
「……ん」

 小さなテーブルの前に、正座する遼ちゃんは、まるで、親にでも説教されるのを待っているような、そんな感じ。

「何か、飲む?」

 なんとか、自分の感情を抑えようと、目も合わせずに、淡々と話をはじめた。

「……いや」
「そう……私、ホットミルク飲むけど」
「……美輪さんが飲むなら」

 遼ちゃんは、テーブルの上に視線を集中しているようで、顔をあげない。そんな彼をほうっておいて、私は冷蔵庫から、牛乳にハチミツを取り出した。
 何気なく入った雑貨屋さんで見つけた二匹の猫が自転車をいっしょにこいでるマグカップ。いつか、二人で一緒にコーヒーでも飲めたらいいなって、ちょっと期待して買ったマグカップ。キッチンに二つ並べて、ホットミルクを注ぐ。
 その間、私たちの間には、なんの会話もない。
 ちゃんと、遼ちゃんに向き合えるか、自信がなくて、牛乳が温まるまで、ずっと背を向けてたけど、もう、時間切れ。

「……はい。」
「ん」

 両手でマグカップを抱え込む遼ちゃん。

「まだ、ちょっと熱いね」
「ん」

 さっきから「ん」しか言わない。ふっと、遼ちゃんの顔を見ると、青白い顔してる。なんか、私の方が悪いことしているみたい。

「フフッ」

 思わず、笑ってしまった。
 ハッと、顔を見上げた遼ちゃんは、あまりにも悲痛な顔で、その表情を見たら、ああ、負けたなぁ、って思ってしまった。
 これが迫真の演技だったとしても、もう騙されてあげようかって思うくらい。

「み、美輪さんっ」
「うん」

 じっと、遼ちゃんの目を見つめた。
 遼ちゃんも、目をそらさなかった。

「誤解させるようなことして、ごめん」
「……誤解」
「僕、キスなんてしてないからっ」
「それは、もういいよ」
「……」
「私にはそう見えたってだけだし」

 下唇をかむ遼ちゃん。

「ちょっと見間違えたのかもしれない」
「でも、それを見て、ショックだったんでしょ?」

 いつになく必死な遼ちゃんが、可愛く思える。

「なんか、今日はよわよわモードだね。遼ちゃん」
「……余裕だね、美輪さん」

 悔しそうな遼ちゃんの言葉に、私も本音が零れる。

「全然、余裕なんかないよ」

 ふっと、マグカップに目をおとす。

「自分に自信ないから、ちょっとしたことで、不安になる」

 そう、きっとあの時も、角度によってはキスには見えなかったのかもしれない。

「私、遼ちゃんの作品、怖くて見られないんだ。……お芝居だってわかってても、嫉妬してる自分が嫌なの」

 ああ、何言ってるんだろ。でも、言葉は止まらない。

「仕事って、わかってる。頭ではね」

 遼ちゃんの右手が、マグカップを持つ私の手をつかんだ。
 大きな手。本当に、男の子って、いつの間にかに大きくなっちゃうんだな。