コンビニの買い物のわりに、ずいぶんと時間をかけて戻ってきた寺沢さん。

「……戻りました」

 車の奥を一瞥《いちべつ》すると、缶を一本差し出した。

「ちょっと冷えてしまいましたが、ココア、飲みます?」

 眠り込んでしまった遼ちゃんを抱えた私に、優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。でも、もう遅い時間だし」
「で、次はどこに行きますか?」
「私の家、お願いできますか」
「はい」

 幽かに遼ちゃんの寝息だけがする車内。

「彼から何か聞きましたか?」

 寺沢さんの低くて無感情な声。

「……いいえ」
「……そうですか」
「彼が言いたくなさそうだったから……聞かないほうがいいのかなって」
「神崎さんは、常識人ですね」
「はい?」
「というか、冷静? 冷静すぎる?」

 そんなこと、言われたこともないから、びっくりする。
 
「まぁ、そんな神崎さんだから、私も、遼くんの相手でも許せてるんだと思いますけどね。」
「?」
「フフッ。この仕事長くやってると、いろんな人間とも関わるもので」
「大変……ですね」
「まぁ、遼くんは、いい子なほうで」

 太ももの上の、大きな遼ちゃんの小さな頭を、優しく、撫でる。

「この手の仕事は何かと信用の問題でもあるんで」

 一瞬、冷たい目で私を見る寺沢さん。

「遼くんを守るためなら、たとえあなたでも容赦しないんですが。あなたは、信用してもよさそうだ」

 信用……それは、彼との関係を公にしない、という意味なんだろうと、その時、漠然と思った。
 実際、私たちの関係は、私からみたらあやふやなもので、そんなものを公になんかできるわけなくて、それは、先輩二人に対してもそうであって。
 まるで、『道ならぬ恋』をしてるのかしら、と、ぼんやりとした寂しさが私の心に、薄っすらと小さなシミを作った。

「着きましたよ」
「……ありがとうございました」

 折りたたんだ私のマフラーを座席に置いて、静かに、遼ちゃんの頭をのせた。

「お持ち帰りしないんですか?」
「フフッ。こんな大きな人、姫抱っこできませんから」
「私が運びましょうか?」
「……思ってもないくせに」

 フフっと笑う寺沢さん。笑うとすごく優しい顔になるのを、今、初めて気が付いた。

「私、明日も、っていうか、もう今日か。仕事あるんで」
「はい。おやすみなさい」
「遼ちゃんのこと、お願いします」

 私の言葉に、小さく頷くと、車は静かにマンションの前から離れていった。きっと寺沢さんがついてるなら、遼ちゃんも大丈夫。
 私は、遼ちゃんを信じてあげなきゃ、と思った。


 ……その時は。