落ち着いて遼ちゃんを見ると、いつものラフな格好ではなく、黒のショートコートにスーツ。パーティーか何かの香り?『芸能人 相模 遼』に、思わず見惚れる。

「久しぶり」

 囁くような声。妖しげな眼差しで、右手を伸ばし、すーっと、うっすら赤い顔をよせてきた。魅入られたように、彼の赤い唇から目が離せなくなる。

「……!? ダ、ダメっ!」

 慌てて手袋をはめた両手で、自分の唇を守る。あの寒さの中で待った私には自分の今の現状に流されることはできなかった。

「えー、いいじゃん、クリスマスイブなんだしぃ」

 かわいい顔して拗ねる遼ちゃん。……反則だ。

「い、いや、だって、マネージャーさんいるしっ」
「いいから。気にしない。」

 いや、無理っ! 遼ちゃんはよくても、私が気にするっ!

「もうっ! じゃあ……」
「えっ?」

 いきなり、私のマフラーをとっぱらい、あっという間にコートを脱がされた。

「えーっ!?」

 私の声をよそに、両手で私を抱き寄せ、首元に顔を寄せる。

「んー、美輪さんの匂い」

 疲れたような声に、仕方なく抱き付かれたまま、手をゆっくりと背中にまわし、ポンポンと軽く叩く。

「……と、たばこと焼き魚の匂い」
「ぷっ」
「色気ないなぁ……クスっ」

 下から見上げてきた彼の目は、熱く潤み、何かにすがりたい、そういう表情に見えた。

「ちゃんと、してる?」
「ん?」
「僕のプレゼント」
「ん」

 ハイネックをおろし、中に隠したネックレスを取り出す。

「……よかった。」
「あっ」

 不意に喉元に、小さな痛みが走り、甘い声が出るのを止められなかった。

「だ、ダメだってば」
「寺沢さんだって、ラブシーンおっけーしてくれたじゃん」
「寺沢さん?」
「ん、マネージャー」
「いや、でも、無理」
「もうっ! 美輪さんのケチっ」

 なんだか今日は甘えん坊な遼ちゃん。ふっと運転席のほうを見ると、バックミラーごしにドラキュラ伯爵と目があった。ニヤっとした笑いに、(口から血がしたたってたら完璧)顔をひきつらせつつ。

「り、遼ちゃん、大丈夫?」
「……あんまり大丈夫じゃない」

 酔っているのか、それとも、何かあったのか。

「どうか……した?」

 何も言わず、ギュッと抱きしめる遼ちゃん。言いたいけど、言えない、そんな感じだろうか。

「……ちょっと、飲み物買うので、コンビニよりますね」

 ふいに寺沢さんが声をかけてきた。

「あ、はい」

 私は返事をすると、窓の外へと目を向ける。どこかの国道沿いだろうか。車の数は少なくはなさそうだけど、周りはあまり明るくはないようだ。
 車を降り際に、寺沢さんは、ニッと笑ってから、出ていった。意味深な笑みに、私も困惑する。

「遼ちゃん?」
「……今なら、キスしていい?」

 顔をあげずに言う彼の言葉で、寺沢さんが気を使ってくれたことに気づく。艶やかな黒い前髪をそっとあげて、額にキスをした。
 驚いた顔をして見上げる遼ちゃん。
 そのまま、私たちはお互いの唇に吸い寄せられた。
 久しぶりのキスは、甘いお酒の味がした。

「美輪さん」

 なぜか、泣きそうな顔の遼ちゃん。

「ん?」
「僕から……離れないで」
「ん」

 たぶん、今の彼には、それが必要なんだろう。私のそんな言葉でも、彼が安心してくれるなら。

「大丈夫」

 遼ちゃんの力強い腕には負けるけど、私もできるだけの力で抱きしめた。