海が居なくなったオフィス内の休憩室で、ついつい先日の事を思い返してしまう。 ぬるくなってしまった珈琲に口をつけるとほろ苦い香りが広がって行く。
’そう言えば、城田さん面白い人だったな’
あの告白現場にエレベーターで降りて来た営業部の城田 香 さんが鉢合わせした。
見てはいけない物を見てしまったかのように驚いた表情を浮かべた彼女は、その場にしゃがみ込み姿を隠す振りをした。
俺から見たら全然隠れ切れていなかったので、笑えた。 再びエレベーターに乗りこもうとしたが、焦ってボタンを押し間違えエレベーターは上へと行ってしまったのだ。
一応自分は阿久津フーズファクトリーの次期社長で、社員の名前は極力覚えるようにしている。
だからだろうか、青柳さんのようなあらぬ勘違いをさせてしまう事はよくある。
しかし城田さんはまた別の意味で印象に残る女性の一人であった。
いつも俯いていて、身を隠すように歩いている。
少しだけぽっちゃりしているけれど、真っ白な肌は自分が飼っているうさぎの’リリー’に似ている。
うさぎとは憶病な生きものだ。 飼う前は人に慣れないと思っていたが、意外にも俺にべったりで遊んだり一緒に寝たりもするまで懐く。
しかしたまにマンションに母や他人がやって来ると明らかに警戒して、ソファーの裏から出てくる事は絶対ない。



