やばいやばいやばい。
 走り疲れて、でもまだ走り足りなくて。早歩きでヒールを鳴らしカツカツと先を急ぐ。まるで何かに追われているような心持ちなのは、きっと気のせいじゃない。
 
 今にも河村君に好意を示してしまいそうになる。(まか)り間違えれば、好きだと口走ってしまいそうで。思わず口元を覆う。

(たった一つ、私を優先してくれた。それだけで……)
 単純なのは分かってる。でもそのたった一つを、初めて貰えたのだ……

(嬉しい……)
 涙が(まなじり)に溜まる。

(ああ、駄目。好きだわ……)
 
 でもそれが彼にとって当たり前の──礼儀の範囲のものだと分かっている。
 見ず知らずの愛莉さんの言い分を鵜呑みにするような人では無い。それだけの話だ。