マンションの部屋の前までやって来ると、震える指でインターホンを押した。
……湊、いるかな。もしかすると他の女と会っているのかもしれない。
本当はそんなの随分前から知っているのに。
ゆっくりと開いた扉。そこからはずっと逢いたかった彼が顔を覗かせた。
「……美紗?」
連絡もしないで突然押しかけたせいか湊は驚いた様子だった。
私はなんて声を掛けようかと頭の中で言葉を選びながら立ち尽くしていた。
「あの……」
「とりあえず、上がれよ」
扉を大きく開けて、湊の後に続いて私も部屋の中へと入った。
いつもと変わらない殺風景な部屋、煙草の匂い。
虚しい。
何度も此処に足を運んでいるはずなのに、私の存在はまるでなかった。
「なーに突っ立ってんの」
背後から私の肩に顎を乗せて耳元で声を掛けられてハッとした。
「美紗?座れば」
いつもと変わらない笑顔で湊は両手に持ったマグカップをテーブルの上にコトンと置くと、先にソファに腰掛けた。
「うん」
ゆっくりとソファに寄り掛かった。
湊から「ん」と先程のマグカップを受け取ると、それを両手で包み込んだ。温かい。
彼が淹れてくれたのは私の大好きなフレーバーの紅茶だった。甘い香りが鼻を掠めた。
「ありがとう」
その時、湊の携帯が鳴った。
電話を取ると彼はソファから離れてキッチンへと向かった。
またか、なんて思いながら私はゆっくりと先程のカップに口を付けた。
「……美味しい」
◇ ◇ ◇
「わり。俊からだった」
話終えた湊がソファへと戻って来た。
「仲良いね」
なんだか条件反射の様に湊に対してつくり笑顔で返すことが多くなった気がする。
受話器の向こう側から微かに女の声が聞こえたことなんて、本当は知らない。
「つか、どうした?」
肩に回された腕が、湊との距離を一気に縮めさせる。
……近い。顔と顔が触れ合いそうなくらいに。
「湊に話したいことが……んっ」
吸い付くように、深く重なり合う唇。
後頭部を強く引き寄せられ、角度を変えて幾度も幾度も。
湊のキスはいつも激しい。
その度に貴方しか映らなくなる。
ダメ……湊が好き。
もう他の誰かじゃダメなくらいに私は堕ちていく。
「は……っ」
唇を離したけれど、やっぱりサヨナラなんて言えない。
私が一言「別れよう」と告げれば、湊は承諾してくれる。
彼はきっと私を引き留めてはくれない。
これからだって彼は幾つも嘘を塗り重ねて行くだろう。
その度に傷付くことなんて目に見えているのに。
だけど私はそれ以上に湊から離れたくなんてないんだ。
離れたくないというよりも、私はもう湊からは離れられないのかもしれない。
言えないサヨナラ

