ゆっくりと瞼を閉じると、優しい彼の顔が真っ先に浮かんでくる。

彼の匂い、声、体温。
なにもかもが恋しくて。

普段は煙草なんて吸わないくせに、先程近くのコンビニで彼がいつも吸っているのと同じ銘柄の煙草を購入した。
手に大事に持ったままだったそれを箱の中から一本取り出すと、カチッと火を付けた。


「おい、美紗?」


初めて、だった。ゆっくりと煙を吸い込む。今までにない感覚は、途中でむせそうになったけれど……(みなと)と同じ匂い。

彼のことを思い浮かべながら、ゆっくりと煙を吐き出した。

「……やめろよ、こんなことするの」


なにか察したらしい蒼生は、直ぐに私の手から少しばかり強引に煙草を奪った。


「お前、煙草嫌いだったじゃん」
「………」


返す言葉も見つからなかった。
蒼生はまだ灯ったたままの煙草を、アスファルトに擦り付けて火を消した。


「美紗。なあ、どうしたんだよ」


蒼生は、真っ直ぐに目も逸らさずに私のことを見てくれる。

貴方に触れられた両肩が妙に熱かった。

嗚呼、蒼生のことが好きになれていたらよかったのに。なんて心が揺らいだ。


「ごめん、なんでもないから」


だけど、関係ない蒼生にまで迷惑を掛けたくない。勝手な事情に巻き込む訳になんていかない。


「なんでもない訳ねぇだろ。お前さあ、なんでもかんでも全部自分一人で抱え込むなよ」
「うん……」


いつもよりも、きつい口調で話す蒼生の言葉に、ただ小さく頷くことしか出来なかった。


「……湊、か」
「え?」


悟った様にポツリと呟いた彼の横顔は、何処か寂しそうだった。


「つーか、なに。また浮気でもされた?」
「え、なんで分かん」
「顔に書いてあるから分かるっつーの」
「は……!?」
「懲りないね、お前も」


呆れたような口調だった。


「それでも、好きなんだろ?」


蒼生には、すべて見透かされている気がする。

なにも言わずに頷くと、「だったら仕方ないよな」と溜め息混じりの返答が返ってきた。


「なんであんな男がいい訳?」
「なんでって言われても……」


言葉では上手く説明できなかった。


「まあ、人を好きになるって、そういうことか。説明なんてできないよな」


思い詰めたような表情で蒼生は言った。


「美紗ほどいい女、他にはいないんだからさ。
お前から振ってやればいいじゃん。そんで後悔させてやれよ」


「な?」と付け足す蒼生に「ありがとう」とだけ伝えると、急いで外へと出た。足は自然と彼の家へと向かっていた。