「香菜の一週間、俺にくれない?」

突如、友人の香菜に頼んだのは、偽装の恋人になって欲しいというものだった。

「恋人?」
「そう。っつってもフリだけでいいんだけど。」
「なんでそんなことになるの?」

俺の顔を見て、彼女は呆れ気味に言った。

「いや実はさ、ある女の子に付き合ってって言われてんだけど、しつこくて困ってんだよね」
「じゃあその女の子と付き合えばいいじゃん」
「ちょ、香菜さあ。真面目に聞いてよ」
「聞いてるよ。俺モテますって言われてるようにしか聞こえない」

まるで聞く耳を持とうともせずに、香菜に適当にあしらわれる。


「いいよねー、天瀬(あませ)はモテモテで」
「そうじゃなくて。本当に困ってんの!」

簡単に引き下がるものか、と必死に説得した。

「だから、なんで私なの?天瀬なら他にも女の子いっぱいいるじゃん」
「いや、頼れるのお前しかいねーんだって」

これは本当にそう思っていた。他の女の子じゃ意味がない。

「俺のこと一番よく分かってくれてるの、香菜じゃん」
「元はと言えば、天瀬が女の子みんなに優しくするからでしょ」
「だって、女の子はみんな可愛いんだもん」
「黙れ」

すると、香菜は間髪入れずに一蹴する。

俺のことを叱咤してくれるのは、唯一、彼女くらいしかいない。

そういうところがまた堪んないんだよなぁ。


「ね、お願いします!」

俺は、両手を合わせて懇願した。

香菜は、こう見えて人から何か頼まれると、どうしても断れない人情深い性格だというのを俺は分かっている。

でも、返ってきた言葉は「じゃあ、考えておく」というものだった。




翌日。諦めずに彼女の元を訪れた。

「考えてくれた?」
「なにを?」
「なにをって……彼女のふり頼んだじゃん!」
「ああ、あれ。本気だったんだ」

彼女の口からは、冷静な言葉が返ってきた。

「本気だわ」

はあ、と深いため息をついて「なにすれば良いの?」と続けた。

「今日から一週間、一緒に帰ろう」
「そんなんで本当に諦めてくれるの?」

疑いの目を向けて、彼女は尋ねた。

「大丈夫だよ!香菜は隣に居てくれるだけで、みんな諦めてくれる!!」

心の中でガッツポーズを決めて、半ば強引に話を進めた。


そんなこんなで、これから一週間、香菜と一緒に帰る約束を取り付けた。放課後、急いで香菜の教室まで迎えに行く。

「香菜!帰ろう」

鞄を準備して、帰る準備が整った香菜の手を取って、二人並んで一緒に帰った。


「ねぇ、大丈夫なの?嘘ついてまで彼女のふりする意味ある?」

隣で香菜は不安そうに尋ねた。

「大丈夫だって!香菜なら問題ない!」

自信満々で答えると、呆れた顔で彼女は言った。

「その根拠のない自信は一体どこから出てくるの……」



それから一週間、約束どおり二人で駅まで一緒に下校することになった。

相変わらず、付き合って欲しいと言われている女の子からのアプローチは続いていた。

彼女がいると写真を見せても、俺に彼女はいないと周りが言っているせいで、どうも納得してくれないみたいだった。

『彼女に会わせて。そしたら諦めるから』そう言われていた。



「俺、腹減ったからファミレス寄って行こーぜ」
「えぇ……」

乗り気じゃない香菜に「パフェ奢るから!」と提案すると、「当たり前でしょ」と返ってきた。

店内について、二人で案内された席に座ってメニューを眺めて注文しようとしていた。


「天瀬くん!」

偶然居合わせた例の女の子が詰め寄ってきた。

「彼女いるって、本当だったんだ」
「本当だって言ったじゃん」

すると、彼女は同じテーブルに座る香菜をキッと睨んだ。


「酷い!私をその気にさせておいて!!」

そう叫ぶと、彼女はテーブルの上に置いてあったグラスを手に取り、中の水を思い切り香菜にぶっかけた。

「ちょ……!」

思わず俺が叫んだ。

女の子は「最低!」と叫んで、店を後にした。


「大丈夫!?ごめんな。まさか香菜に水掛けるとは……」

頭から水が滴る。しかし、当の本人はというと、取り乱すこともなく、冷静だった。

「私、帰る」

立ち上がる香菜の後を急いで追った。


「香菜!」

うわー。なんだよ、この展開。
どっかのドラマかよ。なんて焦りながらも、足速に前を歩く彼女を手首を掴んで引き留めた。

「ごめんって。本当に悪かったと思ってる」

ハンカチを差し出した。でも、受け取っては貰えない。


「本当、最低だよ。天瀬が悪いんでしょ?そうやって誰彼構わず優しくするから、女の子が勘違いするんだよ」
「うん……ごめん」

香菜の濡れた髪を優しくハンカチで拭う。
確かにその通りだ。俺が今までハッキリ断らないから。彼女の言葉は的確過ぎて、何も言い返せなかった。

「掛けられたのが水でまだ良かったけどさ……私まで巻き込まないでよ」

悲しそうにそう言う彼女に、どうしようもない気持ちになってしまった。

「駅まで送る」と、駅までの道のりを一緒に歩いた。

いつもは笑って手を振ってバイバイするのに、この日は最後まで後ろを振り向いてさえ貰えなかった。




もう……なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!

あいつの頼みなんて引き受けなければ良かった!

一人になった帰り道、段々、私は憤りを覚えた。




次の日の放課後。

香菜、絶対に怒ってるよな……。
昨日の今日で、俺は彼女に顔向けできる自信がなかった。

今日は一人で帰ろうと下駄箱で靴を履き替えている時、校内にあるファンクラブの一人であろう子に声を掛けられた。

「天瀬くん、今日は一人?一緒に帰ろう?」

また、昨日とは別の女の子だった。

「ごめん、俺彼女居るから」
「え、どこに……!?」

どこにって……。
あぁ、もう面倒くせぇな。

どうでもいいだろ。そんなセリフを吐き捨ててその場を立ち去ろうとしていた矢先。


「天瀬!」

女の子から名前を呼ばれた。

声がした方を向くと、香菜が立っていた。

「ごめん、お待たせ!」

抜群の演技力で彼女のふりをしてくれている。
彼女に腕を掴まれて、俺たちは校舎を後にした。


「香菜!なんで……」

怒ってないの?

「なんでって、困ってそうだったから」

この時、あぁ。香菜に頼んで良かったと改めて、心底そう思った。

「昨日は、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!って、正直思った」

……ですよね。
再び込み上げてきた罪悪感でいっぱいだった。

「でも天瀬は優しいんだよね、だから断れないんでしょう?」

そんなことない。
きっと優しいのは、君の方だ。


「でもさ、結果的に相手を傷付けちゃうなら、下手に期待を持たせるようなことしない良いと思う」
「……仰る通りです」


彼女の言葉はいつも正論すぎて何も言い返せない。


「今日も一緒に帰ってくれるの?」
「約束だからね。それにパフェまだ奢って貰えてないし」
「そっちかよ」

食い意地を張った発言に、彼が思わず笑った。

「でも、どうすんのよ、みんなに嘘だってバレたら」

私は良いけれど、校内で人気の彼が噂になって、付き合ってる!とか、別れた!とか色々と騒がれるのが目に見えてしまった。
それで短期間の間に傷付くのは、彼の方ではないのか?


「その時は、本当にしちゃえばいいんじゃん?」

あっけらかんと言う彼の気が知れなかった。

……は?

「絶っ対に付き合わないから!」


 彼女はフェイクガール
 ( ツンデレ彼女 × 学年一モテる男子 )