くすっと笑う小雀の顎をすくい、優弦が唇を重ねる。

 あばら屋でもうだめだと思った時、恋を知っただけで十分だと思った。いっそ恋を失う前で良かったじゃないのとさえ。

 心から好きだったから。

 失うのが怖くて怖くて……。あばら屋に閉じ込められるよりも怖くて。

 でも今、小雀を抱く彼の手は力強い。

 不安を消し去るほどに。


「ふたりで幸せになりましょう」

 優弦さま……。

 瞼を閉じた小雀の瞳から、一筋の涙が頬を伝って落ちた。




 その年の夏の、月が美しい夜。羅生門の上にふたつの影が浮かんだ。

「見て、きれい」
 小雀が指をさす先に、無数の光が揺らめいている。

「ああ、蛍だね。あそこは湧き水できれいだから」

 黒装束の優弦と小雀はすっと立ち上がった。

「さあ、見に行こう」
 優弦が手を差し出した。

 目元だけを出した小雀はにっこりと微笑み、ふたつの影は闇に消える。



 君恋ふる蛍の夜
  淡き夢を永久にふたりで




-了-