帰りは入口から。月が雲で陰るのを待って外へ出る。

 ――はずが。

「そうはさせないぜ」
 どこにいたのか男が現れた。

 振り向きざまにきらりと何かが光った。

 刀を抜いた佐助がすかさず小雀の前に躍り出て、鞘ごと刀を振り上げながら男の懐に飛び込んでいく。
 茫然とする小雀の手の平に痛みが走った。

 切られたのだ。

 こんなことは初めてだ。
 傷口から流れる血を、まるで他人の血を見るように小雀は見つめた。

 いつも周到な準備をしているので一度も危険な目に遭ってはいなかった。

 初めて怖いと思ったし、死を現実のものとして考えた。

「逃げろ」

 佐助に怒鳴られて我に返ったものの、今夜は佐助とふたりきりで来た、佐助になにかあったらと思うと動けない。

「早く!」と、別の声に振り返ると黒装束の男がいた。

 ――あなたは。

 目元しか見えないけれど、それでもわかった。
 黒装束の男は闇烏。月冴の君だ。

「さあ」と小雀を行くように促し、彼は男に向かっていく。
 佐助とは反対側に回り込んだ彼は、男の足を払い、「行けっ、早く」と小雀に叫んだ。
 はっとしたように小雀は、夢中で飛び出した。

 走って走って。
 途中、手の平の傷から流れた血に気付き慌てて衣を破いて手に巻き、五条の屋敷ではなく八条にある隠れ家に入った。

 暗い邸の中でうずくまり、震えた。

 かちかちと歯が立てる音が闇に響く。