「そもそも主上は、月冴の君を東宮になさりたかったのよ」と笹掌侍は言う。

「後ろ盾さえあればと思うけど、今のお立場のほうが月冴の君もお幸せだものね」

 小雀はどう答えていいのかわからなかった。
 月冴の君はよくわからない。いい人だとは思うけれど、闇烏の謎もあるし、小雀の前ではふざけてばかりいて、本心がどこにあるのか見えない。

 ああいう人は苦手だと、小雀は思う。

「晃子さまと月冴の君の噂。知っているでしょう?」

 頷く小雀の眉間の立て皺がますます深くなる。
 麗景殿ではもちろん否定しているけれど、じわじわと広がっているらしいのだ。

「いったい誰が噂を広げているのかしら。酷いわ」

「弘徽殿からなのは間違いないとしても、なんとなくそれにも冬野中納言が関わっている気がするのよ」

「え? どういうこと?」

 笹掌侍は何人かの女官をあげた。
「よく考えてみると、冬野中納言のいい噂は、彼女たちから広まっているのよね。月冴の君が結婚しない理由は何故かって意味ありげに言っているのを見かけたし、気になっているの」

「そうなの?」
「まだ確証はないわ。冬野中納言が彼女たちとどこで会ってどんな話をしているかわからないから」

 何やら難しい話になってきたと、小雀は神妙になる。

「月冴の君って妻がひとりもいらっしゃらないでしょう。それがこんな形で利用されるなんて酷い話よ」