近くのレストランで食事をした後、どうしたらいいか躊躇う優希の腕を禄朗が引いた。

「お前はこっちだろ」
「うん」

 久しぶりの『恋人』という立場に恥ずかしさがこみあげてくる。ずっと夢に見てきたというのに、現実感がまだわかない。

 Allyとケイトと別れ、手をつなぎながら石畳の上を並んで歩く。ふわふわと現実離れした光景にどこからか音楽が聞こえてきた。楽しそうな歌声。

 見渡せば事務所のあった賑やかな街の中とは雰囲気が変わっている。明かりのついた窓から人の営みが垣間見えるような幸福の風景。

「ここだ」

 一軒の古びた建物の前で禄朗は足を止める。

 扉を開け建物の中に入ると、らせん状の中階段を上っていく。同じようなドアが並ぶ廊下を進むと、一番奥の部屋の鍵を開けた。昔の映画に出てきそうなクラシカルな雰囲気に、優希は気持ちが高ぶっていく。

「素敵な場所だね」
「気にいったか?」

 玄関はないけど、マットを敷いた場所で禄朗は靴を脱ぎ、部屋の電気をつけた。明るく照らされた部屋の中は必要最低限の家具しかなく、雑多に本が積まれ壁には写真が貼られている。学生の頃の禄朗の部屋もこんな感じだったなと懐かしくなる。

「せまくてビックリしたろ」

 窓を開けながら苦く笑う禄朗にううん、と首を振り隣に並んだ。

「禄朗の部屋だなーって懐かしく思ってたよ」

 広い肩にコツンと頭を乗せると、禄朗はその上に自分の頭を寄せた。

「大事なものが何かわかってる人の部屋って感じで、好きだよ」

 外の風に吹かれていると今までの長い日々が嘘のように思えた。全部が夢で、一緒にいた頃の時間と今は繋がっているような。

「これって夢じゃないよね」

 うっとりと瞳を閉じながら優希は囁いた。

「本物の禄朗だよね」
「ああ。お前のおれだよ」

 優しい声が身体を伝わって響いてくる。

「また逢えるなんて思ってなかったな」

 思いあっていたのも、好きだった気持ちも本物だった。ただちょっとした歯車のズレが大きく二人を引き離してしまった。どんなに時間や距離が開いていても求める気持ちが同じなら、こうして奇跡は起こる。

「優希……」