人というのは案外たくましいものだ。

 あんなに嘆き力尽き何もかも失った絶望の淵にいたけど、生きていればおなかがすくし生理的な機能は普通に稼働している。

 時間薬という言葉があるように、ヒリヒリとした痛みは鈍くなり涙も枯れていく。怪我が治っていく様を眺めていた時と同じく、いつまでも同じ状況でいるわけではない。

 自暴自棄になることも誰かに支えて欲しがることもなく、淡々と日々を送れるようになるまでは、さして時間を必要としなかった。
 歳を重ねることで鈍くなったのもあるのかもしれない。それはありがたい変化だ。



「大変ご迷惑をおかけしました」

 療養休暇を経て出社すると、一斉に同情的な視線が集まった。

「酔っぱらいの喧嘩に巻き込まれたんだって?災難だったなあ」
「お見舞いに行っても面会謝絶ってなってるし、マジ焦ったけど退院おめでとう」

 担当のドクターがとてもいい人だったらしい。優希は「もらい事故」として診断書を提出してもらい、かつ、デリケートな時期でもあったから身内以外の面会ができないよう計らってくれた。

 退院の直前まで気にかけてくれて、いつでも頼ってきていいから、と優しい言葉さえかけてもらえた。

「ご迷惑をおかけした分、バリバリ働かせていただきますので」

 頭を下げるとパチパチと小さな拍手が送られ、優希はほっと息をついた。ここには自分が今まで築き上げてきたものがあって、受け入れてくれる土台がある。そのことがしみじみと嬉しかった。

 たまった仕事に追われているうち、日々はせわしなく流れていく。

 余計なことを考える暇がないほど業務と日常に追われ、疲れて帰るとぐっすりと眠り、目が覚めると会社へ足を向けた。