カウンターに腰掛けてグラスをゆらす彼は、切り取られた一枚の写真のように完ぺきだった。優希が失った若さと美貌を手にし、それを惜しみなく禄朗にささげている。

「移動していい?」

 Allyはカウンターの中の人に声をかけると、慣れた足取りで奥のほうへ向かう。歩いているだけなのにモデルの様になり、店内の客がほうっとため息交じりにAllyを見つめている。

 バーの奥は天蓋で覆われたボックス席がいくつか適度な距離をもって置かれている。その一つに入り込むと、まるで秘密の世界に二人で足を踏み入れたようになった。

「こっちのほうが話しやすいから」

 Allyはソファに体を沈めるとそばにいたバーテンダーに声をかけ、優希にも飲み物を持ってくるようにと指示した。

「座れば?」

 つい立ったまま事の成り行きを見守っていた優希は、慌てて腰を下ろす。柔らかなスプリングがその体を優しく受け止める。

 静かにジャズの流れる雰囲気のいいお店だった。内装も重厚でいながら客を圧迫せず、他人を気にせず過ごすことができそうだ。優希の生活にはない贅沢さがここにはあって、Allyは当然のようにその景色になじんでいた。

 まもなくお酒が運ばれてくるとまるで夜空のような綺麗な青色をしたカクテルだった。口に含むと甘みの後にシャープな強さが口の中に広がった。

 彼はきれいな日本語で自己紹介をし、禄朗の先生と自分の父の仲がいいのだと説明した。だから禄朗がアメリカに来た頃から知っている、と続ける。

「禄朗に最初に出会った時、ぼくはまだ子供で……でも禄朗のことがすごく大好きだった」
 
 でも禄朗にはずっと好きな人がいたみたいだ、とAllyはこぼした。

「誰なのって聞いたら悲しそうに笑ってさ、ここにはいないよって。でも好きで諦められないんだ、バカだよなって。それって優希のことだったんだよね?」

 確認するかのように強くぶつけられた視線には、優希に対する嫉妬が感じられた。

 禄朗が望んでアメリカで過ごしていた時間も、優希の裏切りによって離れてしまってからも彼は優希のことを想っていてくれた。それはなんて幸せなことなんだろう。

 だけど今はもう、それさえ失ってしまった。