春になるにはまだ早い寒さの中、優希は華やぐ街の中を歩いていた。ウィンドウにはパステルカラーのディスプレイが彩り、新生活の準備を急かす。

 「パパー」と呼ばれ下を向くと、しっかり繋がれた小さな手に引っ張られた。

「あのね。花、ランドセルはやっぱりピンクがいいとおもうの」
「そうか、ピンクが好きなの?」
「うん、だっておんなのこはかわいいほうがしあわせなんでしょ?」
「そうなの?」

 ませたセリフにびっくりして、花の反対側の手をつなぐ彼女を見る。おかしそうにクスクス笑っていた。

「花は可愛いものがすきだもんねえ」

 あの時流れかけた命はしっかりと明日美にしがみつき、玉のような女の子となって優希の前へ産まれ出た。腕の中にすっぽりと納まった小さな命はずっしりと重く、その力強さに彼は涙をこぼした。



 「花」と名付けたのは優希だ。

 どんよりと暗かった彼の世界を明るく照らしてくれた、花のように可憐な女の子。禄朗を失った代わりに手に入れたものは、思いがけないほど大事な宝物へ育った。

「パパもやっぱりかわいいほうがすきでしょ?」
「花だったらなんだって好きだよ」

 小さくて儚い命はすくすくと育ち、次の春には小学校へ入学する。

「にゅうがくしきでも、かわいいわんぴーすがきたいの。だって、さやかちゃんもわんぴーすかってもらったっていうんだもん。花もほしい」

 幼稚園から一緒に上がる女の子の名前を出して、それに負けたくないと主張する。

「そうか、いいよ。買ってあげる」
「やったー」

 パパ大好き!と言われ嬉しそうに笑う優希を見て、明日美はまぶし気に目を細めた。

「ゆうちゃんは花に甘いんだからー」

 壊れかけた明日美との関係も花が産まれたことで再び結びついた。最初は不安がっていた明日美だが、禄朗と別れ献身的に尽くす優希を許してくれる気になったらしい。明るく笑うようになった。

「じゃあ、花の好きなワンピースとランドセル探そうな」
「うん!」

 三人で並んで手をつないで歩く姿は、どこかから見ても仲の良い家族に見えるだろう。