禄朗との待ち合わせの時間がもうすぐ迫っている。だけど空港へは行かない。来ない優希を知って、彼はがっかりするだろうか。それともこうなることをわかっていたのだろうか。
 
 禄朗との数ヵ月は幻のような、夢のような時間だった。彼に愛された時間がこれからの優希に勇気をくれる。



 病室に戻ると、ちょうど明日美は目を覚ましたばかりのようだった。不安げに病室の中を見回している。

 「具合はどう?」と声をかけると、おびえたように彼を見た。

「ゆうちゃん……?本物?」
「そうだよ、気持ち悪かったりつらかったりしない?」

 ベッドに腕をつき明日美の顔を覗き見た。さっきより赤みがさしているのを見つけて安心する。

「ごめんね、不安にさせて。でも、もう心配しなくていいよ」
「……ほんとうに?」
「うん、有休あるから。それに、しばらくぼくがいるから大丈夫。赤ちゃんも心配ないって。だから明日美はゆっくり休んで」
「赤ちゃん、大丈夫なのね?」
「生命力の強い子ですって、先生が。だから大丈夫だよ。でも、無理はしちゃダメだって」

 おなかに手を乗せ、「がんばったね」と子供に声をかける。妊娠がわかってから初めてのことだった。

「うん」

 明日美の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。ほほを濡らし、枕に黒い染みを作る。

 今までずっと不安にさせていたことを思い知った。きっと一人で抱えきれず途方に暮れていたのだろう。その心を考えるとギュっと胸が絞られた。

 今までの不誠実さはどうやっても償えない。自分だけの幸せを求めてしまった優希を許すことはできないだろう。それは仕方がない。

 だけどせめて……これからは明日美と子供を守っていこう。
 
 彼はそう誓うと心の中でつぶやいた。






 __さよならぼくの初恋。