帰宅したのは、日付が変わってから。それなのに、明日美は起きて優希を待っていた。テーブルの上には、ラップがかけられた料理がおいしそうに並べられている。

「ただいま……遅くなってごめん」
「おかえり。お仕事お疲れ様だね」

 少し疲れた様子の明日美がぎゅうっと優希に抱きつき、頬を押し当てた。

「また帰ってこなかったらどうしようって、ちょっと心配だったけど……よかった」
「ごめんな」

 体に残る禄朗の残り香をかがせたくなくて、優希はそっと腕をつかみ体を離した。

「汗臭いと思うから、先にシャワー浴びてくるよ」
「うん。おなかすかない?ご飯食べる?」
「いや、済ませてきたから……明日美は食べたのか?先に寝ててもよかったんだよ」
 
 気遣うように声をかけたが、本音を言えば一人で余韻を味わいながら過ごしたかった。

「お祝いしたかったから。シャンパンもあるの、飲むよね?」

 ふわりと微笑む明日美に、罪悪感しか持つことができなくなってしまった。彼女に罪はないのに愛おしさを感じない。家族としての情以外はもうどこにもなかった。

 「ありがとう」と曖昧に笑って、バスルームへと向かう。

 ここらが潮時だろう。これ以上曖昧にしているのはお互いのためにはならない。もう、優希は明日美の知っている優希ではない。禄朗に作り替えられて、彼のためだけに生きている。



 シャワーを浴びてダイニングに戻ると明日美は料理を温めなおし、彼がテーブルに座るのを待つだけになっていた。

「もう三十歳だねえ」
 
 グラスにシャンパンを注ぎながら明日美が笑いかける。そのほっぺたに浮かぶえくぼが可愛くて、好きだった。

「わたしもちょっとだけもらおっかな。いいかな、いいよね……ちょっとだけ許してねー」

 いたずらっ子のような笑みを見せおなかに話しかける。グラスにほんの少しだけ注いであげると、カチンとグラスを合わせて乾杯をした。

 向かい合って食事をとるいつもの景色が色あせて見える。さっきまで過ごしていた何もないホテルの部屋のほうが、今の優希には生々しい日常になりつつあった。



 明日美と作る幸せな日々。

 子供が産まれパパとママになり、賑やかになったであろう生活も選べた。きっとそっちのほうが穏やかで正解なのかもしれない。

 けれど禄朗という存在は麻薬のように絡まって逃れられない。初めて会った時から捕らわれたままなのだ。