夢のような時間を過ごしても、いやおうなしに日常がやってくる。ほとんど睡眠をとっていないけれど、不思議と眠たくなかった。身体の奥から気力がわいてくるような気さえする。

 明日美はぐっすり眠ったままで、その顔はいまだ疲れ切っていた。声をかけず自分で朝食の用意をし、彼女の分にはラップをかける。

 こうやっていつものような朝を過ごしていると週末の出来事は嘘だったかのように危うくて、優希はブルリと震えた。




 禄朗を欲していたから見た白昼夢。そんな恐ろしいことを考えてしまう。だけど現実だったことを教える禄朗の痕を残している体に安心した。

 ワイシャツのすきまから情事の色が見えないよう細心の注意を払いながら、ネクタイを締めスーツにそでを通す。

 会社に行くとなぜかすれ違う人がみんなはっと息をひそめるように優希を振り返った。あからさまなわけではなく、不意に何か気がつき優希に視線を送る。

 ため息にも似た息遣いにキスマークが見えているんじゃないかとひやひやしたが、鏡の前でいくら確認しても禄朗の残した赤色はどこからもみえていないはずだった。いくら何でも職場で色事を見せびらかす真似はしたくない。


 居心地の悪ささえ感じていたら、ぽんと肩を叩かれた。

「斎藤くん、その様子だと盛り上がったようだね!」

 そう声をかけてきたのは、同僚の板垣だ。

「何を言ってるんですか」

 いぶかしく問いかけると、口元を緩ませながら板垣は耳元でささやいた。

「だって、お前気づいてる?」

 ひそっと秘密を暴くように、彼は言葉をつづける。

「めっちゃフェロモン駄々洩れ。遠くからでもピンクオーラがキラッキラしててまぶしいの」
「ピンク……オーラ?」
「なんだろうね?今日の斎藤は色っぽいよ、やらしい雰囲気むんむん。つか新婚じゃないのに仲いいね」

 無遠慮なくらいじろじろとのぞきこまれ、嘆息する。その瞳には今まで見たことのない色が光っていた。

「仲がいいのは良いことだよ。うらやましい」
「そんなことないですよ」
「そうなの?つーかこれ、セクハラだった?」
「そうですね。朝っぱらからものすごくセクハラです」
「わはー、ごめん!訴えないでくれる?」
「考えておきます」

 そっけなく答えながらも、優希の心臓はバクバクと音を立てていた。