それから近くの観光名所を廻って、食事を済ませてからホテルに向かった。

 辰美が予約したホテルは海水浴場や駅からは少し離れた場所にあった。その分周囲は落ち着いていて静かだ。美夜は目の前が海だからひょっとすると、と期待した。

 フロントで鍵を受け取り階上へ向かう。ホテルの内装はクラシックな感じだ。事前にネットで見ているが、レビュー通り、雰囲気もいい。

 部屋に入ると、美夜は思わず感嘆の声を上げた。

 思った通り、奥にある大きな窓からすでに海が見えた。その手前にはベッドがあって、三、四人掛けのソファが置いてある。バスルームも落ち着いた内装で、違う国に来たみたいだ。

 つい、マンションの内見に来たような気分になってしまった。

 写真で見て知っていたとはいえ、こういったホテルに泊まるのは初めてだ。今まで宿泊したことがあるのはせいぜい一万円未満のビジネルホテルぐらいだから、比べると雲泥の差だ。

「気に入った?」

 あちこち見て回っている美夜がおかしかったのか、辰美は笑っていた。

「すごく綺麗な部屋ですね」

 色々思うことはあるのに、月並みな感想しか出てこない。

「レビューの評価通りだね。疲れただろうし、少し休憩しようか」

 美夜はすっかり興奮しているが、辰美はいつも通りだ。荷物を置いてソファでくつろぎ始めた。
 
 なんだか自分ばかりはしゃいで恥ずかしい。子供っぽいと思われていないだろうか。

「辰美さん。お茶淹れましょうか?」

 運転してもらってホテル代まで出してもらっているのだ。せめてこれくらいは、と思い尋ねた。

「ああ、悪いね。ありがとう」

 ソファでくつろいでいる辰美は様になっている。今日初めてこの部屋に来たはずなのに、なんだか優雅だ。

 部屋の中には一通りのものが揃っていた。お茶もあるしコーヒーや紅茶もある。尋ねると、辰美がコーヒーで、と言ったので美夜もそうすることにした。本当は紅茶の方が好きだが、辰美に倣ってそうしてみた。

 淹れたて────と言ってもインスタントだ。ソファに座る辰美の前に置くと、美夜も隣に座った。

 黒い液体が入ったカップを啜る。思わずぎゅっと口を歪めた。砂糖を入れないとやっぱり苦い。多分、ミルクと両方入れても苦い気がする。辰美はよくこんな苦いものが飲めるなぁ、と感心した。

 今日は背伸びして案内役を買って出たが、多分、それしか出来ていない。どう足掻いたって歳上の辰美の方が落ち着いていて経験豊富だ。

 歳が足りない分、辰美に釣り合うようになりたいのに。

「ん? どうした?」

「……辰美さんは大人っぽいなって思ったんです」

「それは……どうしてだ?」

「……なんでもありません」

 こういう返し方も子供っぽい。一人で勝手に拗ねて、馬鹿みたいだ。

「辰美さんは……私がもっと大人だったら、私のこと好きになりましたか」

 無意味な質問をしてしまう。それは自分にも言えることなのに。

 ちょっと自信を無くしているのだ。昼間に出会った女性のせいかもしれない。

 現時点、自分の魅力は若さと多少人より優れたピアノの腕前ぐらいだ。それしかないから辰美の横に立っている自信がない。もっと売れていて、自分が素敵だと言い張れるぐらいだったら違ったかもしれないが。

「多分……俺と君は今より歳が上だったり下だったりしても、好きにならなかったと思う」

 それはショックな返事だった。どんな君でも好きになったと聞きたかったが、現実そうではないことぐらい分かっている。それが現実的な答えだ。

「そう……ですよね」

 あからさまにがっかりしてみたりして、さらに格好悪い。だが、辰美は美夜の手のひらを握ると言った。

「タイミングってあると思うんだ。俺はあの時とても傷付いていて、君も何か思っていた。そういう時に会ったからお互い好きになれた。お互いが必要としてたんだと思うよ」

「それは……運命的な、意味ですか?」

「そういうと恥ずかしいけどね」

 そう言われると悲しい気持ちが嬉しい気持ちになった。辰美は今の自分を好きになってくれた。自分も今の辰美が好きになった。過不足があっても気にしない。相手が受け止めていてくれるのだから。

 ひょっとしたら、自分は普通の恋よりももっと特別なものを貰っているのかもしれないと思った。