結局、映画には全く集中出来なかった。せっかく自分が好きな映画をレンタルしてもらったのに、違うことばかり考えていた。

 映画を見終わった後も、辰美はいつも通りだ。夕食の準備を始めて一人キッチンに立ってしまった。

 自分が来たことが嬉しいのか、やけに張り切っている。料理はあまりしないと言っていたが、今日は違うらしい。

 辰美はそういう人だ。いい意味で、やましいことを考えていない。最初からそうだ。少しも煩悩がないわけではないのだろうが、そこは大人なのか、微塵も見せない。だから「おじさん」に見えない。

「先にお風呂に入っておいで。俺は少し仕事進めておくから」

 辰美の作った料理に舌鼓を打ったあと、なんのやましさもない言葉を聞いた。美夜は一人緊張しながらバスルームに向かった。

 新しいマンションではないが、部屋も浴室も綺麗だ。自分の部屋より広かった。広い湯船は落ち着くが、おかげで思考がフル回転する。

 ────泊まっていいって言ったのは辰美さんなのに。キスもしてくれないなんて。

 やっぱり子供扱いされている、とやさぐれた。別にして欲しくてたまらないわけじゃないが。全くしてもらえないのも嫌だ。これで本当に何もなかったら、ただの「お泊まり会」になってしまう。

 風呂から出ると、辰美はリビングからいなくなっていた。もう一つの部屋に置かれた書斎机で、パソコンと睨めっこしている。

 美夜が見ていることに気が付いたのか、辰美ははっと視線を向けた。

「ああ、すまない」

「ごめんなさい。あの……もしかしてお仕事忙しかったんですか? 私泊まらないほうがいいんじゃ……」

「ごめん、そういうのじゃないんだ。ただ性分というか、日課なんだ。君に失礼だったな。大したことじゃないから、大丈夫」

 辰美は立ち上がり、平然と美夜の横を通り過ぎた。

「俺も風呂に入ってくるよ。ゆっくりしてて」

 辰美の姿がバスルームの方に消える。美夜は買ったばかりのベッドに視線を向けた。

 明るいパイン材で作られた木製のベッドは、辰美が悩んで買ったものだ。数日前運び込まれてから、恐らく一度も使われていない。

 ぼすんとベッドの中に飛び込んだ。マットレスがふんわりと沈み込む。これも、辰美が気に入って買ったものだ。

 引っ越しのせいで疲れたのか、それとも考えすぎで疲れたのかよく分からない。こんなことで悩むなんておかしいだろうか?

 交際を始めてからそこそこ経つのに、こんな状態なんて。それともこれが大人の付き合いなのだろうか────。